たかしのとなり

 たかしのとなりの席にはたかしが座っていた。磯部隆と甲谷孝だった。二人は高校二年生で、二人とも野球部で、さらに同じことに、二人とも坊主頭だった。野球部だから、二人とも坊主頭は当たり前なのかもしれないが。二人は野球部の中でも特別仲が良く、気が合っていた。いつも二人で連れ立っていたし、二人が一緒にいるのを目撃する生徒は多かった。おまけに教室での席が隣だった。
 二人はお互いのことを意識していたのかもしれない。それは当然のことだ、これだけ連れ立って歩き、肩がぶつかったり、時には冗談めかして相手の肩を抱き寄せる仲だもの。
 ある日、磯部は甲谷に言った。
「あの…、俺、実はゲイかもしれんのじゃ…。甲谷のこと、好きかもしれんのじゃけど…。こういうのってゲイ的なんよね?」
 尋ねられた甲谷は、磯部に答えた。
「ほうなん? オレも実は…ゲイよ、磯部。磯部と普段から感覚が同じじゃけ、もしかしてそうなんかの、って思っとったけど、まさか磯部がゲイって…」甲谷孝はしばし間を開け、口ごもるように続けた。「磯部のこと嫌いじゃないけど、オレには他に好きな人がおるんじゃ…」
 磯部は驚いた。磯部はそれなりに甲谷からの好意を感じ、甲谷から好かれていることについては自信があったのだ。それなのに他に恋する男がいたとは。
 磯部は甲谷より一回り大柄で少し厳つい顔をしていたが、愛嬌もある顔だった。磯部はすねるように尋ねた。
「野球部のやつなん?」
 甲谷はまだあどけなささえ残る幼顔だが、この頃急に大人びた顔になってきた。甲谷はまるでこともなげに答えた。
「いや、学校の近所で犬の散歩しよるおじさん」
「ほうなんか…。俺ら仲がええけん、てっきり甲谷も俺のこと好きなんか思うて告白したんじゃけどの…。ショックじゃけど、俺がそのおじさんに話しかけてやろうか? 告白したいんじゃろ?」磯部は言った。二人は放課後、他の生徒がいなくなった教室の机に腰掛けて話していたのだった。
「どうしたらええんかわからん…。オレ、お父さん、早うに亡くしておじさんコンプレックスじゃし、あのおじさん、優しそうなけん、なんか気になるんよね。磯部の気持ちは嬉しいけど、磯部は特別な友達って感じかの」
「そのおじさんに話しかけてみようや。俺が話しかけてやるけん、明日一緒に行こうや」
「うん…」
 そして翌朝、わたしが犬の散歩をしていると、この二人がやって来たのである。二人は学ランを着て街路の電柱のそばに立っていた。二人は学ランだった。暑い夏はもうすぎて、光降る秋になったのだ。光はあちこちで囁いていた。まるですべてを瀬戸内の陽光で染めるように。太陽から旅立ち、命を削って色彩に命を与える光たち。
「あのう…。すいません、俺の友達がおじさんのこと好きじゃ言いよるんじゃけど」
「ん?」わたしは立ち止まった。少し後ろには坊主頭で、少し目は垂れているがとても整った顔立ちの、何度か見かけた顔がある。二重まぶたで背はわたしよりも低い。ああ、いつもすれ違うとき挨拶してくれるあの子か、とわたしは思った。
 磯部は言い訳を始めた。
「ほんまは俺がこいつのこと好きじゃったんじゃけど、コクったら、こいつがおじさんのこと好きじゃ言うけん、伝えに来ました!」
 わたしは笑った。
「ほんじゃ、3Pしようか」
「え!」二人はギョッとした。
「冗談よ。おじさんが未成年となんかあったら犯罪じゃけんね。歳は取りとうないもんじゃ。高校生のままなら罪にならんのにのう。あんたらが大人になったらまた来んさい」わたしは笑って通り過ぎた。そして振り返った。「気持ちは嬉しいけんね! おじさんなんかから見たらキミらは神々しいくらいキレイなよ!」
 わたしはその日一日、いい気分で過ごした。若くて美しい高校生ふたりから話しかけられただけで、良い一日となった。坊主頭のあの二人が、二人仲睦まじく隣り合っていたら、それだけで美し映画のようだ。
 一方、たかし達ふたりは話し合っていた。授業を終えて、放課後にまた机の上に腰掛けて話していた。
「甲谷、あのおじさんのこと好きなのはわかるけど、俺のことはどう思うとるん?」
「磯部のこと嫌いじゃないし、もちろん好きよ。でもやっぱり特別な友達って感じかな。オレはおじさん好きじゃし」
「おじさんに振られたんじゃけん、俺とヤラん?」
「オレ、あのおじさんに抱かれたい。そんなに簡単にエッチできんよ、磯部とは」
「甲谷は抱かれたいんかあ」と磯部は笑った。「俺が抱いてやるけん」
「磯部はタチなん?」
 磯部はその質問には答えず話しをそらした。
「あのおじさん、3Pしようかって言いよったけど、本気なんじゃろうか?」
「まさか!」甲谷は笑った。
「甲谷は二重でかわええのお。俺は一重じゃけん、甲谷に憧れとるんよ。今度、泊まりに来ん?」
「オレのこと襲う気じゃろ?」甲谷は笑った。
「俺、早ようヤリたいよ。甲谷、しようや。甲谷はウケなんじゃろ?」
「うん…」
「そうじゃろうのと思っとったよ」今度は磯部が笑った。「甲谷のこと掘りたい」
「オレはそういうのって、大切にしたいよ。あのおじさんも、高校生は神々しいくらいキレイって言いよったし…。オレらまだ高校生なんじゃけ」
「3Pならしてくれるん、あのおじさんと?」大柄な磯部は小柄な甲谷に近寄った。坊主頭の日に焼けた顔が二つ並び、黒いてるてる坊主が並んでいるようにも見える。
「そんなこと…。それ以上、変なこと言いよったら、オレ、もうイヤ」
「ごめん。怒った?」
「いや、怒ってないよ。そうまでしてヤリたいんかのって」
「甲谷とヤリたいよ。甲谷のことずっと好きじゃったし、可愛いって思っとったけん、あのおじさんと3Pでもええけん、ヤリたいくらいよ。とにかく甲谷とヤリたいよ。セックスってどんなんじゃろうか?」磯部は呟いた。
 甲谷はしばらく考えた。
「どんなんじゃろうかのとは思うし、興味はあるけど、オレは童貞を大切にしたいよ。やっぱり、オレら、高校生なんじゃし、そんなに今のうちからヤリまくりでのうてもええんじゃないじゃろうか」
「ほうかもしれんけど、やっぱり気持ちええんじゃろうのう、オナニーするよりは」
「どうじゃろうか。興奮するんじゃろうね」
「甲谷は女子には興味ないん?」
「あんまりないけど、揺れとるところ。磯部は?」
「俺は女子にも興味ある。ええのおと思う女子は何人かおるよ」
「磯部はエロいね」甲谷は笑った。
「まじ、俺、どうにかなりそうなよ。勇気振り絞って甲谷にコクって、甲谷もゲイでって、ええ流れじゃったのに、あんなおじさんが好きとかありえんわ」
「あのおじさん、歳はおじさんじゃけど、坊主頭じゃね。三人で並んだらどんなに見えるんじゃろうね」甲谷は冗談めかして言って笑った。
「坊主の3P?」
 二人して笑った。笑った後に訪れる空白にも秋の光が降り注ぐ。
「ねえ、キスしてみよう?」磯部は腰掛けていた机から立ち上がり、甲谷の方へと近づいた。「キスってどんなんじゃろうね」
「ん…」
 甲谷は顔を背けて逃げようとしたが、決して嫌がっているわけではなかった。磯部のことは嫌いではなかったし、自分のことを好いていてくれる友達がいて嬉しかった。磯部は顔を近づける。他に誰もいない教室で、二つの黒々とした坊主頭が近づく。わたしのように白髪まじりのまだらな薄い頭ではなくて、黒々と髪の毛が密植した汗臭い頭が二つ、近づく。
「キスだけでもええけん」磯部は切なそうな顔をして言った。
「ん…」
 窓からは秋の風が吹き込み、甲谷は少し肌寒さを感じた。その一方で、もう一人の黒い学ランからは温もりが伝わりつつある。甲谷も座っていた机から腰を上げ、一瞬だけ、たった一瞬だけ、磯部の大きな体をハグした。そして言った。
「今度、別の場所でゆっくりね」
「うん。甲谷はお父さんが早う亡くなっておじさんコンプレックスじゃ言いよったけど…、甲谷が俺と付き合ってくれて、ずっとずっと付き合ってくれたら、俺もいつかあのおじさんみたいな歳になるんじゃし…」
 磯部は急に真剣な表情になり、甲谷を少し見下ろすように見つめた。その時の磯部の頼もしさに、甲谷はときめいたのだった。甲谷は小さくうなづき、磯部の手を取って軽く握った。しばらく手を握り、放したあとで恥じらうようにうつむいた。
 この二人で未来を生きて行けばよいのだ、わたしなどに関わらずに。この子たちの坊主頭にも白髪が混ざる頃まで、二人が仲睦まじくいられることを祈って。




(終)