BOY

 十六歳トシシタの男の子と出会った。男の子と言っても二十歳だからもう大人なのだが、これくらい年が離れていると男の子だと思ってしまう。親子でもおかしくはない離れ方だと思うと、こっちが年を取っているのだという気分になって損をした。彼が一番高いランチを注文したとき、この子はどうせ僕に勘定を持たせようと企んでいるんだろうなと思った。
 出会いはSNSだった。きょうびの出会いと言えばまあそうだろう。今時、自然な出会いなんてなくなってしまった。けれどもそんな時代を嘆いたりはしていない。もしかすると、やり方次第でもうちょっとロマンティックな出会いになるのかもしれないとは思う。だがしかし、何度かのメッセージのやりとりの後でメアドを交換し、今日待ち合わせをして会ったというわけだ。彼はタンクトップ姿で携帯をいじくりながら立っていた。僕は十分待たされていたように思っていたが、人ごみにまぎれて彼をなかなか見当てる事ができなかっただけだった。待ち合わせ場所でメールを交換するという間抜けな行為をした後で、やっと会う事ができた。写真よりかわいいと思った。彼のハンドルネームはダイ☆で、もっと乙女チックな子を想像していたので思いのほか野郎系で僕は嬉しかった。今日は儲けものだと僕は思った。向こうもそう思ったにちがいない。僕がもう初夏だというのにラルフローレンのファイアーマンズ・ジャケットを着て、ブランド物のバッグを持っていたから。この辺りで着道楽をしているなんて金を持っているのだろうと、彼は値踏みしたにちがいない。今日の昼飯はおごりだ、もしかしたらもうちょっと小遣いももらえるかもしれないと、そう思ったにちがいない。その証拠に、財布に二千円くらいしか入っていなかったくせに、彼はカフェのメニューをいくつも読み上げた。
 大阪に来て約半年、僕は昨年東京のデパートで衝動買いしたラルフローレンの黒いファイアーマンズ・ジャケットを身につけていた。このジャケットを店頭で見た瞬間、その風合いに惚れ込んだ。それを着ている自分の姿より、とにかく生地の風合いとジャケット全体のシルエットが気に入った。試着してみると思いのほか似合ったので、すぐに購入したのだった。昨年のちょうど同じ頃、東京の最後の日々を、このジャケットを着て過ごしたのだった。このジャケットは僕の出陣服と呼んで差し支えない。そしてこのジャケットを身につけている日は、不思議といい男を得られるのだった。さらりとしたナイロンの生地感とシワ。初夏のむせる気候の中で、妙にエロティックな印象を与える服地に体の湿度が上がる。
 写真と雰囲気が違うね、少し大きくなったのかな、でもその方がいいと思うよ。僕は二十歳の青年に言った。そうすかね。彼は恥らうようにうつむきながらも僕の時計や持ち物を物色している。大阪のガキなんてそんなものだ。そう、僕が老けたと感じたのは、物色されていると気付いたからだった。ついに僕も値踏みされるような年になったのか、と。親子くらい離れてるね、と僕。うん、ケンタさん(僕のハンドルネーム)が十六のときに子供作ってたらありえるね。彼はがつがつと食べながら言った。僕はハチミツ入りのワインを注文する。てか、前に会った事、あるでしょ。彼が唐突に言う。ないよ。僕は即座に答える。こっち来てからそんなに出歩いてないし。そうだっけ? 見覚えあるんだけどな、と彼は言った。
 僕は煙草に火をつけて黙り込む。少し考えて僕はひらめいた。あ、もしかしてあの店で会った? だけどあれ、二月くらいだよ、よく覚えてたね。
「タイプやなかったら覚えてないで」ダイは目を伏せて呟くように言った。
 こっちきてから、関西弁、全然なじめないし、覚えられない。僕は話しをそらした。大阪弁なんか覚えんでええわ。標準語のがかっこええやん。そうかねえ。僕はそんな風に答えながら、この子はまだ若いからそう思うんだろうなと思った。このままずっと大阪にいたら、あの親父ども、バーで僕に食って掛かる親父どもみたいになるのだろう。ここは東京ちゃうねんで! なんで東京弁使うねん! あれ以来、酒場から足が遠のいてしまった。あの親父ども! だけども、酒場がなくともこうやって十六歳年下のかわいい男の子と出会える自分に悦に入る。ザマミロ、おっさんども。(自分もオッサンだけど。)
 店で四十代のオヤジにからまれた話しをかいつまんでダイに話した後、四十代のおっさんは嫌いだと僕が言うと、彼も同意した。
「俺も四十代キライやで。ケチが多いやん。結婚なんかしとったら最悪やで。小遣い少ないからラブホ代こっち持ちのこともあるで」
 キミねえ、そんなことばっかやってるの、と呆れながら、きっと僕もそのオヤジと年齢的には大差はないのだろうとなぜだか後ろ暗い思いをしてしまう。
 ゴールデンウイークの合い間の平日だったが、カフェは混んでいた。店内は少し蒸し暑かったが、僕はお気に入りのファイアーマンズ・ジャケットを脱がなかった。モルガンの香水が湿度の高い空気に立ち上った。そして腕時計はブライトリングの時計をしていた。小説で賞をもらったときに賞金に小遣いを足して買った記念の時計だ。その日、僕はお気に入りのものばかりを身につけ、十六歳年下の男の子と洒落たカフェで向かい合っていた。そんな自分に酔っていた。人生は時に素晴らしい。この後の勘定を持たされるとか、彼がいわゆるニートでぶらぶらしているだけの男だとか、そんなことはどうでもよく感じられた。ハチミツ入りのワインで少し酔ってきたのか僕は上機嫌だった。この、目の前の男、ダイはいつかきっと僕の小説に登場するのだろうと思いながら、今日この子とやりたいなと思った。
 三十五歳は重要よ。ずいぶん昔、そう、あれはまだ僕が二十二の頃、ある女性にそう言われた。三十五を境い目に、老ける人と若々しくい続けられる人がはっきりと別れるの。どうしてだかわからないけど、三十五よ。ずっと若々しくゴージャスでいられる人もいれば、ひどい事になる人もいるの。そう言った彼女がどちらのタイプだったのか、いまだにわからない。僕はあの日、このアドバイスを聞いていてよかったと思う。前々から準備していたおかげで、三十五を過ぎた今でも僕は年相応には見られない。まずは若く見られる。
 とにかく、僕はとても気分がよかった。僕は今日、この十六歳年下の子を連れて帰りたい。




 これからどうする? 特に予定ないし。じゃ、出ようか。カフェを出て、わざとゆっくりポツポツと歩く。本当にポツポツと。ホテルとか行く? とダイが唐突に尋ねた。僕は驚いた。僕が二十歳の頃、働いている大人に向かってそんなことは言えなかったからだ。こんな若い子に、ラブホテルなんかいかせるわけにはいかないと、善人ぶった大人の僕が思った。うちに来る? 僕は聞いた。僕はワインで酔っている。うん。それでもいいけど。二人はまたポツポツと歩く。泊めてはあげられないけど。ゴールデンウイークに出かける準備しなくちゃいけないから。言い訳をしながら先に釘を刺しておく。
 電車に乗って降りて、駅からマンションへと向かう道を歩く頃には、辺りはサックスブルーに暮れなずんでいた。
 少し肌寒くなったからと、彼はバッグから食べこぼしのシミだらけのトレーナーを取り出して着た。ネイビーで少し大きめのサイズ。身長の低い彼が着るとだぶだぶで、この子は何系なのかなと思う。もうわからない。子供みたいな年の子のファッションのことなんて。とりあえず小汚い服装に見える。
 部屋に入って、カフェの会話の続きをして、電車の中で話せなかった話しをして、膝をくっつけあったり、指先が触れ合ったり、そんなことを経て、結局、彼とやることができた。
 眠くなったと言い訳して彼の肩にもたれかかり、それから二十歳の唇を奪い、におい立つ肌をなめた。とても甘い匂いがした。若い青年の匂いだ。僕はこの年のころ、たぶんこんなエロティックな匂いはしなかったと思う。こんなにむちむちと性欲をそそる体もしていなかった。
 ダイは、当時の僕が持っていなかった男の子の色気を持っていた。それを味わいたかった。自分の青年期に復讐するように。
 ベッドに連れて行き、トレーナーとタンクトップを脱がしたときに、僕は驚いた。ため息が出るほど若い体だった。だいたい僕は二十歳の男なんかとやったことがなかった。こんなに匂い、こんなに湿っているのだと驚いた。啜るように舐め、くすぐり、弾力に溺れた。床に落ちた僕のお気に入りのファイアーマンズジャケット。ゆっくりと外す腕時計の重量感。ダイの腰のふくよかさ。太いのとは違う。むっちりとやわらかい。次第に黄昏れる部屋がますます紺色に染まってゆく。シーツが二人の湿り気で湿ってゆく。ピローケースに彼の汗が染み込んでゆく。僕は何度も唇を押付けた。僕は泣きそうな顔をしていたにちがいない。彼が大丈夫だと言ったので、彼の中に入った。頭に血が上った。子供でもおかしくない子の中にいるのだと思った。彼の中はやわらかく、すぐに気持ちよくなった。がまんできなくなった。僕はすぐにいってしまった。
 射精したあと、長い間ベッドに横たわっていると体が冷えてきた。オイルヒーターを入れ、ダイを抱き締めた。何度も口づけた。そのうちにまたやりたくなってもう一度やった。やらないと損だと思った。部屋はすっかり宵闇に暗くなり、オイルヒーターのオレンジ色のランプだけが浮かんでいた。

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