「みずぎわ」解説

注:このテキストはゲイ小説サイト「調香室」にあったもので、2000年ごろに書いたものです。

 前作「調香師」の質が良かったと言うバディ編集部村◯さんのお言葉に鼓舞され、もう一つ書いてみようと思い立って書いた作品です。この作品には苦労させられました。まったく一から書き出さなければならなかったし、モチーフもなかったからね。本作に至るまでにボツが三つほど出来ました。もうあきらめかけていた。ただ何となく、揺れる「三人」を書いてみたいという気持ちが心にあったのね。

 わたしの好きな映画「ある貴婦人の肖像」の中でマダム・マールが「ちょっと爪弾くつもりだったのよ。いつの間にか夢中になっちゃった」というような台詞を言います。

 この物語も、そんな感じでした。最初はだらだらといいかげんに書いていたのですが、本作の出だし「ル・アーブルを出る貨物船は喜望峰を回り」云々、というのを不意に思いついたとき、これだ、と思ったの。以前、仕事の関係でそんな話を聞いたことがあるのね。ル・アーブルとはフランスの港です。スイスとか海のないヨーロッパの国はここまで貨物をトラックで運びます。そして貨物船への貨物の積み込みには本当に綿密な計算を要するんだそうです。貨物船を見たことがありますか。コンテナーがまさに山のように積まれているんです。

 この物語は書き出しで決まりました。貨物船のイメージから脇役の船乗りや恋人が次々に生まれ、わたしは徐々にこの物語にのめりこんだの。何となく思い出した Swing Out Sister の「あなたにいてほしい」を回しっ放しで、短時間、そうだなあ、たぶん二週間も掛からなかったかなあ、それくらいの勢いで書き終えました。会社勤めやジム通いの合間だから、ほんとに短時間だった。それから、読み返しても直すところがほとんどなかった。それくらい物語がわたしの中でかたまっていたのでしょう。書きながら、実はね、こんなこと告白すると、ものすごくイヤな人間だと思われるかもしれないけれど、心の中でずっとジュモンのように唱えていました。 三人とも、不幸になればいいんだ・・・。  ぼくって、イヤなヤツだと思う。そして、この物語を書き進めるうち、嫉妬心やそういういやなことに直面せざるを得なかった。

 この物語の主人公は、きっと僕なんかより強いんだろうな。親友の間柄を壊しても無感情でいられて。この物語の登場人物はみんな誠実ぶっているくせに、本当は身勝手な人ばかり。ろくでもない連中です。だけど、何だか憎めないんだなあ。

 それともう一つ、この物語はわたしが「海」に近づいた記念すべき作品。見事、第九回バディ小説大賞特別賞受賞。

(終)

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