あの、歓喜をもたらす欲しくなる器官

 

 ペニス。わたしが愛してやまないペニス。わたしに無上の喜びをもたらしてくれ続け、決してわたしを裏切らなかったあの男性器。わたしの口や肛門、直腸に快楽をもたらし、意識を失うほどに狂わせる肉片。そしてそれ自身、例えばわたしが相手の臓腑の中に入った時、強烈な快感をもたらしてくれる喜びの肉塊。

 まずはペニスの平常時からして好きだ。形にもよるが、くにゃりとした蕾のような、垂れ下がった様からして、もう涙が出そうなほど欲しくなる。平常時は、大き目の方が見栄えはする。わたしは実は、相手の男根の大きさにさほどこだわらない。大きい方が好きという人が多数派だろうが、わたしの口や肛門は小さめのペニスにでも上手にフィットする。この歳になると、それくらいのテクニックは身につけている。もっと言うなら、普通サイズが一番好きだ。

 ただし、平常時で股の間にぶら下がっている時は、大き目の方が立派に見える。銭湯などで前を隠さない男に大き目が多い。日本人の六割が仮性包茎と言われるが、銭湯などでは大抵の男が見栄剥きしていて、赤黒い亀頭を見せつけてくれる。

 包皮は、少し余っているのがいい。竿の皮の色は少し黒く、包皮がめくれたところが少し色が薄くなっていて、黄色からピンクがいい。包皮が少し亀頭に被っているのはますますいい。ズル剥けのペニスも見応えはあるが、少し亀頭が隠れているのも愛くるしい。睾丸は大き目がぶら下がり、男根とまとまってぶら下がっていると見応えがある。

 男性の性器は刺激を受けると少しずつ反応して大きくなる。若者ならすぐに反応する。反応し始めた頃に亀頭に舌をつけ、唇に含むのがわたしのお気に入りの舐め方だ。その時に、そっと蕾に口付けるように、口に含む。中には既に先走りが出ていて、口の中でネバネバと少し塩気のある味がする男もいる。口の中で、ぬるりと滑る。

 そのままで竿まで口に含み、舐め回す。早く勃起したなら、ハーモニカを吹くように横に滑らすのもいい。なかなか勃起しなくても、いつまでも口に含んでおきたくなる。少しずつ大きくなり、口を満たして膨張させてくれたなら、わたしも既に反応している。個人的な嗜好になるが、わたしは相手がわたしの性器を舐めてくれるかどうか、それはさほど気にしない。勃たない時だけ舐めてくれればいい。ただし、どうせ舐めるならしっかりとフェラして欲しい。手抜きは頭に来る。こちらも最善を尽くしているのだから。

 勃起したなら、大抵の男の男根は根元までしゃぶりにくいくらいの大きさがある。亀頭は入念に口で愛撫するが、時には玉も口に含んで転がす。時には相手の体を倒し、もっと奥、脚の間を舐め、そして肛門を舐めることもある。

 亀頭の先端からツユを垂らす勃起ペニスを眺めていると恍惚となる。そんな時はツユを舐め取る。ザラついた舌で、勃起して艶やかになった亀頭を転がし、特に裏筋や鈴口を可愛がる。

 わたしはファックされるのもファックするのも好きだ。打ち明けるなら、この歳になるまでの経験では、圧倒的にファックされる側だった。初体験はファックする側だった。けれども、その後はケツを開発されてしまい、大抵の場合はファックされた。

 この歳になるとオヤジにファックされたい若者が結構な数いて、最近ではファックする側に回ることが多い。男なんて歳を取ったら誰にも相手にされることなく枯れ果てるのだろうと思っていただけに、自分でもこの現象に驚いている。

 ファックされる時は、一度ケツに入ってしまうともう男根はわたしの中にあって、あとはわけがわからなくなるだけだ。

 ファックする側の時は、相手の股間をよく眺め、相手のペニスの様子を間近で観察する。もう勃起しない初老を相手にすることもある。

 若い頃は、老け専同士など気色悪いと思っていたが、自分がその歳になると、どうでも良くなる。快楽が忘れられないのだ。

 中年以降を掘る時は、相手のケツが既に開発されていることが多いので、トコロテンを見ることが多い。それはそれで無上の喜びだが、中年以降のケツは締まりが悪くてこちらが射精できないこともある。

 掘っている最中に、相手のペニスから精液が飛び出すのを見るのは嬉しい。案外、相手のペニスから精液が噴き出すのを見る機会は少ない。自分の内臓の中にあることが多かったからだ。相手がトコロテンする時、完全勃起でない場合もある。けれども、それはそれで見ていて楽しい。

 ペニスは特別に大切な器官だから、身体の中心部にあるにちがいない。もしもどうでも良い器官なら、足の裏にでもあったはずだ。ペニスは偉大な進化を遂げ、普段使わないときはただの泌尿器として垂れ下がり、いざという時には勃起して性器となる。

 あの、海綿体と血液による勃起という不可思議な現象。生物が途方もない時間をかけて成し遂げた進化。

一人の男に一本だけ与えられたあの歓喜の器官を思う時、わたしは淫らな気持ちになって勃起することもある。どんなに金があっても、ペニスを一本より多く与えられることは無理だ。あの器官はわたしを淫らにさせる一方で、神秘的で敬虔な気持ちにもなる。神々しさすら感じることがある。

(終)