書くこと

 書くということ。顔を失うこと。息を切らし、渇いた喉で、素顔という仮面を脇に押しやり、誰からも見られることのない顔をさらし、見られることなく何ものをも見ていること。書くことは泣くことに近いと言ったのはデュラスだった。書くことは押し黙ることに近い。声が出ないことに近い。


 ひとりきりで抱えて生きてきたことに脅かされ、呪いになり、それらの禁断的な現象がのしかかってきたときに、ペンを走らせる。誰からも見られることのない部屋で。


 わたしは書いているときに透明な精霊になれる。


 書くこと、それは消えてしまうこと、生きないでいられること、澄み渡ること、響くこと。そして必ず読まれること。


 書くことが壊れることでなかったなら、わたしはもうやめていただろう。書くことが見つめることに近いと気がついたのは最近だ。書くことは無限のようで限定的だ。じっと見つめることに近いから。


 老いるごとに書くのを躊躇われるようになる。書き手にとって、身体の柔軟性を保つことはとても重要だ。肩が硬いと思考のスピードに手がついてこなくなる。


 ショパンの革命を狂わして弾くように、支離滅裂な思いをまとめ上げてゆく。ある時、気が付いた。書くことも、初動的には神への捧げ物なのではなかったかしらと。書くことは祈ること。J.S. バッハの音楽はすべて神へのラブソングに聴こえる。


 こうなった以上、書くことを神への奉納にするしかない、わたしは。時々、書くことが自分自身へのヘイトスピーチになってしまうことがある、自分を茶化していたうちはまだ良かった。自分を侮辱し始めると、わたしはある種の興奮状態に陥った。とても興奮して、ますます自分と自分の境涯一切を侮辱していった。とても危険な書き方だった。


 書くことは、神への敬虔な思いを供物として捧げること。わたしには他にお供えできるものがないから。

J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲第1巻 (J.S. Bach: The Well-Tempered Clavier Book I)

平均律クラヴィーア曲集第2巻(24の前奏曲とフーガ)(2cd)

J.S.バッハ:組曲集