1km半

 

 1km半。それは彼との距離。自転車で15分くらいでいける。急に呼び出された時は、できるだけ急いで自転車を漕ぐ。寒い日でも行く。

 彼とはセフレの関係だ。わたしが52歳の時に出会った、20歳年下の男。

 若い人が聞いたなら、五十代になってまでセックスをするものかと唖然とするかもしれない。それは実際に年老いた側から言わせてもらうなら、人による、としか言いようがない。

 まるで性欲をなくし、勃起もなかなかせず、性的なことが気持ち悪いと思うようになる初老もいる。もしかしたら、そちらの方が多数派なのかもしれない。

 わたしに関して言えば、相手が望むなら、というスタンスだ。さすがにこちらからはなかなか積極的にアクションできない歳になったという実感はある。相手に気持ち悪がられるのもイヤだし、こちらも若い子から性的な対象として見られることに若干の戸惑いもある。

 彼は時々、本当にたまにだけれど、わたしを誘う。手短なやり取りで彼の部屋に向かう。ろくに挨拶も交わさず、いきなりヤル。

 彼のケツマンコは絡みつくようで、コンドームをつけると萎える歳になったわたしは生で掘ることもある。

 若い頃はナマなんて絶対にありえないと思っていた。けれども、自分が歳を取ると、病気が怖いわけではないけれど、もう逃げ切りの境地もあり、安全そうな相手ならナマで掘ってもいいかと思うことがある。

 基本的にはゴムは着けるが、途中で萎えてしまって、相手が望むならナマで掘ることもある。90年代はまだエイズが死にいたる病気と捉えられていたので、Badiでナマでセックスをした描写をすると、注意されて直されたことがある。あの時代は、HIVへの啓蒙活動が盛んだった時期だ。

 だから、若い世代には、わたしとしてもコンドームをつけてもらいたいと願う。わたしのようにあと何年かしかセックスすることもないような、そして年に飽きるほどはしない歳になったら、あとは自己責任になる。

 けれども、若い世代は性病には気をつけるべきだと、わたしは思う。

 話しを戻すと、あのセフレとは年に3回くらいしか会えない。相手の都合もあるのだろうけれど、あの子はわたしよりも若い男が好きだ。

 若干、歳上を望んでいるのだとは聞いたが、わたしのように20歳も上の相手は本当は望んでいないのだろう。

 そして、あの男はたくさんの男たちを部屋に連れ込んでは淫乱なセックスをしている。どうしても男が調達できない時などに、わたしを誘う。

 そうなのだろうと、わたしは思っている。それでもいいとも、思っている。

 なぜわたしがあの男に執着してしまったかというと、ゴムをつけていても勃起するほどケツマンコの具合がよかったし、一度は中で射精できたのだ、ゴムをつけて。

 他の男だと、なかなか射精には至らない。創作の中では歳をとっても最高のセックスをさせるようにしているが、実際に歳をとると、勃起薬を飲んでいても途中で萎えてしまってセックスが成り立たないことが多い。

 1km半のセフレは、一度は射精できた。しかも夢中になって掘り、絶頂の中で最高に気持ちがいい射精ができた。

 他のセフレではなかなかこうはいかないのだ。

 この男とのセックスについては、いずれエロ小説にしようと思っている。

 わたしはこのセフレとヤル時は勃起薬を飲むので、自分が射精した後に何時間も掘ることもある。勃起薬がまだよく効いていたころは、自分が射精したあとでも何時間も勃っていた。

 このセフレは若干太めの体型をしている。顔は丸顔で髪は短い。わたしは素直に可愛いと思う。彼はふくよかで、そしてケツマンコはもちもちとしている。

 まだこのセフレのケツの穴をなめたことはない。もしも今度会う機会があったら、ケツの穴も舐めて味わってみたいと思う。先日会った時は、誰か別の男とやった後に満足がいかずにわたしを呼んだので、誰かのお下がりを抱いた気分になった。だからケツの穴は舐めなかった。次は舐めたいと思う。

 男は誰彼構わず部屋に連れ込む。この男は、セックス以外に何もしていないのだろう。おそらく無職の引きこもりで、アプリを使って男を呼び、セックスばかりしているのだろう。それでもいい、わたしはこの男の可愛らしさに執着を覚える。抱けるだけ抱いて、性処理便所として使い、いずれは会わなくなるだろう。それでいいと、思っている。

(終)