みずぎわテキスト;海

みずぎわテキスト;海

 島々に囲まれた水平線のない瀬戸内の海。その、中国人が河だと思ってしまう海を渡るフェリーに乗って、十六歳だったわたしは生まれて初めて働いて金を稼ぎに厳島に渡った。他の本でも書いたのだけれど、わたしが世界中のどんな都会人にも美意識において負けてはいないと信じていられるのは、この厳島の荘厳な景色を見渡しながら育ったという自負だ。

 わたしは海辺に住んでいて、いつだって厳島が見渡せた。海を眺めるというのは生活の一部で、のちに小説で切り込むことになる聖域になるとは、考えてもいなかった。わたしにとって海はとても身近で、いざ引き離されるとこんなに恋しいものかと思い知らされてしまったのだけれど、小説のテーマに海を選ぶ、もしくは海の方からわたしの物語の中にやってくるとは、考えてもいなかった。

 「みずぎわ」と表現したのは、もちろん海の側の街で始まった物語だから「みずぎわ」と表現したのだけれど、あの時イメージした海辺は、わたしにとって少しよそよそしいものだったかもしれない。

 Badiの編集部の推察通り、あの物語の舞台は横浜だけれど、水平線が見渡せられる開けた海は、わたしの知っている海ではなかった。だから少しよそよそしく「みずぎわ」と表現したのかもしれない。瀬戸内の海は、わたしたちが海の懐に入っていると錯覚させられるような、とても穏やかに包み込まれるような、そんなやわらかさをもっているから。もしもわたしが故郷の海を思ってこの小説を書いたなら、「みずぎわ」といったタイトルにはならなかっただろう。

 フェリーでたった十五分の時間、客席に座って海を渡る。冬の寒い中、島へと渡るたった十五分。わたしにとって海は、わたしを乗せて、わたしを包んで、そして揺さぶってくれるゆりかごだった。

 あの少年は、まだこうなるとは知らなかった。わたしみたいな歳の取り方をするとは、思ってもいなかった。父親みたいな運命をたどるとも思っていなかった。若いということは、いずれやってくる運命を知らないでいられるという特権に浸っていられることだ。

 船に乗って海を渡るのはたった十五分。その十五分のうちでも、海を渡るのはわずかで、ほとんどは桟橋で乗客を積んだり下ろしたりしている。

 冬の厳しい時期でもほとんど雪が降ることがなく、乾いた寒さなど感じることのないあの海。

 聖なる海を渡る十六歳の少年。手には稼いだばかりの七万円を握っている。あの頃はバブルで、ご祝儀だとかお年玉だとか、四日働いているだけで給料が七万円ももらえた。

 淀んではいないけれど、澄み切っているというわけでもないあの大野瀬戸。鈍いエメラルドグリーンの向こうに、対岸からでも朱塗りの大鳥居が見える。あれを「みずぎわ」と呼ぶつもりはない。

 あの物語の舞台にふさわしいのは、やはり人口の多い、物語がつむがれそうな横浜の街で、水夫やその恋人が酒場にいるあの街だ。そして酒場の客の中に、水平線のない瀬戸内で育った男がいた。その男は友人を大切に思っているのに友人の恋人と関係を持ってしまい、けれども逆らうこともできない、そんな揺れる三人を描きたかった。

 筋よりも、人の持つサガを描きたかった。結末は、ああでなければならなかった。あの緻密なグレートーンで物語を緊密に綴り、そして最後だけハッピーエンドで終わります、ではすまないくらい、物語は端正に綴られてしまった。結果、わたしの勝利だったと今では宣言できる。あの作品を気に食わないという人もいたらしいけれど、わたしはよく出来たマスターピースだったと思っている。

 ル・アーブルというのはフランスにある港町で、フランス以外の海のない国、たとえばスイスあたりからも貨物が運ばれてくる。ヨーロッパ中の貨物がル・アーブルに集められ、世界各地へ運ばれる。ル・アーブルから極東の横浜までの長い航海を思って書いた作品だ。貨物線への、コンテナの積み込み作業は非常に難しいらしい。不慣れな者が計画すると、航海の途中でバランスを崩して危なっかしいらしい。そんな、最初から内包する破綻を抱えてあの物語りを書きたかった。