みずぎわテキスト

みずぎわテキスト;

 二十年が経ってあの頃を思い出してみると、まだわたしには精神薬投与が開始されていなくて、軽い睡眠導入剤と軽い安定剤で、朝は早くに起きて出勤し、休日は早くから掃除をしてジムに行き、それから運動の高揚感の中でこういった類の倦怠感のある小説を書くことができていたのだと思う。

 この「みずぎわ」という小説も、そういった日常の中のバランス感覚から生まれ、時々不安定になるバランス感覚を上手に描くために様々な手法が取られた。

 この作品を書くのに必要だったメモは以下の羅列くらいのことで、気持ちはたゆたう三人の男を描きたかった作品にすぎない。

(ル・アーブルのくだり。)

鳥獣戯画の雨。

水平線のない海。

海はどこも同じ。

***

 まずはこの物語りで重要になってしまったのは、ル・アーブルのくだりだった。不本意にも、一世一代の発明品だったこのくだりのせいで、この作品の要素が決定的に決まってしまった。

 ル・アーブルを出る貨物船は喜望峰を回り、四週間かけて極東の港町までやって来る。貨物船へのコンテナの積み込み作業は綿密な計算を要するらしい。バランスが悪いと航海が危なっかしい。

 この書き出しのせいで、この物語の性質が変質してしまったように、今では思う。最初の思いは、たとえば海はどこでもちがって見えるけれど、どこも海は同じだという子供じみた思いなどだった。なぜならずっと、わたしは子供でいたかったから。なぜ子供でいたかったかというと、子供でいさせてもらえたことがなかったからだ。

 わたしの物語りはいつだってみずぎわで刻まれる。島々に囲まれた、瀬戸内の海辺のみずぎわで。もしくは水平線のある開けた海。生まれて初めて水平線を見たのは確か日本海だったけれど、あのときは、開けた水平線に違和感を覚えたかもしれない。島々に囲まれて水平線のない瀬戸内海に慣れていたから。いや、海はどこだって同じだ。

 海がどこだって同じなら、人だって皆おなじなはずだ。降り出した驟雨にさんざめく鳥獣戯画の人々。雨上がりの港町。雨が降り出した時に人々は駆け出し、雨が上がると、語り合う。てんでばらばらに走り去った迷子たちは分かち合った軒を離れ、また迷子になるために街をさすらう。

 水平線のない海の暁はどんなだろう。

 わたしが描きたかったのは、揺れる三人の思いだった。物語りになりきらないような、たゆたう心持だったはずだ、それがあのル・アーブルを出る貨物船は、のくだりを思いついた時、この物語りは決定的に枠に入れられた小説世界になってしまった。

 わたしは賭けに失敗したのか、それとも勝利したのか、自分でもわからなくなってしまった。あの小説は成功作で、わたしの世界観をよく出した小説作品だと思っている。しかし、難解だと言われることで、わたしの描きたかった世界がごろごろと転げ回ってしまったのだった。

 あの物語りは実によくできたマスターピースで、それが自分でも気に入っている点でもあり、人々から遠ざけられてしまったあまりに精緻な小説世界になってしまったのかもしれない。もう少し、タガを外した方がよかったのかもしれない。

 わたしはこの小説の登場人物たちの不幸を望んではいなかった。ただ、そう書かなければならなかっただけで。この作品のせいで、わたしはタテイシユウスケとしても孤独になってしまったとも言える。

 海はどこも同じ、人はみな同じ。

 考えてみたら、わたしが最初に海へと切り込むきっかけになった、書かなければならない作品だった。薔薇族掲載作では海について切り込んだことがなかった。この作品で海に近づき、そして続く「すきとおる。」で海へと切り込み、「カルネバーレ」では水を描き、「ダブルブラインド」で更に海へと深く切り込んだ。この作品は、わたしの世界観の入り口として、とても重要な作品であるのに、不評だったことで自分自身も封印してしまい、他の作品で取り返した気分になってこの子がかわいそうな子になっている。けれどもこの子は、海へと近づいた大切な作品で、やはりわたしの作品群の中でも特別に「独特」な空気感を持ったものだと今でも言える。スウィングアウトシスターズのあなたにいて欲しいをヘビーリピートして浸りきって書いたあの日々。グレーの空気感。銀鼠色のきらめき。さんざめき。