カルネバーレ

第一章 ロンドン 一九九七年

 地下鉄ウエストミンスター駅を出ると、テムズ河のにおいがした。二人はそのまま、船着場へと下っていった。

 春遠いロンドン。午前十時。河を滑る風は冷たい。頬を引き締める。雨に濡れた桟橋。今は雨は上がり、空は一様なグレーだ。川面は空の色を映し、魚の鱗のようにキラキラと銀色に輝いている。

 次のリバーボートの時刻まで、しばらくあった。今のところ、船着場に人影はなかった。二人は券売機でチケットを買い、それから、雨に濡れたベンチに腰掛けてリバーボートを待った。そこまでは、無言だった。すがすがしい、湿っていて冷たい空気に包まれていた。口を開いたのは、修二だった。

「お前も突然だな、こちらを訪ねて来るなり、河くだりがしたいなんて。しかも朝っぱらから」

 修二の精悍な顔の二つの瞳は、目前の川面に投げられていた。河の輝きを映していたのだろうか、こちらには、向けられていなかった。彼の眼差しが、本当の意味でオレに向けられたためしが、あっただろうか。

「修二こそ、突然音信不通になったかと思うとロンドンから手紙を寄越すなんて」

 対岸の街並み。そちらに目を向けている二人。

「その俺を追い掛けて来たのか? お前も物好きだな」修二はそう言ってこちらに笑顔を向けた。屈託のない笑顔だった。この笑顔に、今までどれほど打ちのめされて来たことか。

「オレは単に観光に来ただけさ。お前と違って、追いかけるほどの本命の恋人なんて、いやしないし」

 仕返しにそう言うと、屈託を知らない修二の笑顔は、一瞬だけ薄く淋しげな色合いを示した。それから彼は再び笑顔を作った。今度の笑顔には、嫉妬を覚えなかった。

「本命、だなんて、ずいぶん古風な言い回しだな」彼は茶化してごまかそうとした。

「借りものさ」

「何?」

「別に。ちょっと拝借しただけさ」オレもごまかした。けれども彼のごまかしには応じずに、すぐに切り込んだ。「二年もの間、よくまあオレに黙っていられたもんだな、喋りたがり屋のお前が」

 しばしの沈黙。

「喋りたがり屋かな、俺?」

「時々。黙り込むこともあるけれど。だけど、男を取っかえ引っかえしているお前に、本命の彼氏がいただなんて、聞いたこともなかったぞ」

「そういうなよ」小泉修二は、急に甘えるようにオレの肘を掴んだ。「シュンと知り合う前の話しさ」

 すり寄ってきた彼の体を、反射的によけた。その過剰な反応が遠い過去を忘れきれないでいるオレの気持ちをみずからさらけだしてしまったような気がして動揺した。小泉修二には気取られたくなかった、弱みを握られたくなかった、この男だけには絶対に。たった一度だけ彼と寝たことをオレが忘れられないでいることを。彼にとっては日常的な割きりが、オレには非日常だったあの夜。特筆すべき特徴もなかったあの夜。

「じゃあなんで、今更、昔のことを蒸し返すんだ?」オレは言った。彼への当て付けが、まるで自分への問いに聞こえた。

「事情はこちらから手紙で説明しただろう」

「あまりに支離滅裂な文章で、何のことやらさっぱりわからなかったよ。物騒な言葉が並んでいたから、何か事件にでも巻き込まれたのかと思ったぞ」

「少しは心配してくれたのか?」

「まさか」オレは、こちらを覗き込む彼の顔から目を逸らした。目を逸らすとき、目に入った。彼が疲れたような、何だかほっとしたような、けれども不安をぬぐい切れない、微妙で壊れそうな、はかない表情を浮かべている瞬間。心を打たれそうになった。そのせいで、それ以上は追求できなくなった。黙るオレ。黙る彼。しばらく黙ったままでいた二人。

 やがて、ウエストミンスター桟橋にリバーボートが入ってきた。ビッグベンが串刺しにする灰色の空の下を渡り、穏やかなテムズ河の流れをかきわけ、リバーボートがやって来た。

 合図はなく、二人はほとんど同時に立ち上がり、ほとんど同時に潤った空気を深く吸い込んだ。それから、肺を満たした湿った気体をぜんぶ吐き出した。体が萎む。その一方で、大気の移動や大河に集約された水の運動、その他ありのままの現象が、皮膚の表面組織から浸透してくる。その不思議な感覚。

 リバーボートが桟橋に着き、乗務員がゲートを開けると、いつのまにか集まっていた旅客がどやどやと詰め掛けた。人々の動きに秩序はなく、そして緩慢だった。殺伐とした東京に、思いを馳せるオレ。早送りで遠い過去へと流れてゆく錯覚。

 言葉はなく、二人はつめかける観光客の群れの最後の方から、ゆっくりと乗船した。出遅れたので、見晴らしのいい二階の船室には席がなくなっていた。仕方がないので、船底の客室へおりた。それでも何とか、窓辺のベンチに席を取れた。オレたちは、外套を着たまま腰をおろした。修二が窓辺に座った。座るやいなや、あくびをするオレ。体がはりつめたような、弛緩したような。

「時差ぼけで眠いのかい、シュン」と修二。こちらには目を向けず、船窓ごしに対岸の景色を眺めていた。にぶい波光と、薄日を受けた街並のきらめきが織り成す風景、日に焼けた修二には決してふさわしくない、リリックな景色。都会的な健康美を追求した精悍な男の横顔すらも、叙情的に包み込んでしまう。テムズの川景色には、そういう懐の深さがある。今この瞬間の川景色を背景にした彼を見れただけでロンドンに来た甲斐があったとおもう。あまりに麗しいので、何だか取り残されたような気になり、いたいけな残虐心が湧きあがる。

「眠くなんかないさ。退屈だ。修二が話してくれないからな、本命の彼氏とのことを」

「今日はやけにからむな、朝っぱらから」

「そりゃそうさ、それが知りたくて、休暇を取ってロンドンくんだりまでやって来たんだから。下世話なレポーターみたいに。しかも無償だぞ。キミの本命とちがって、ニュースの特派員じゃないからな、オレは」

「観光で来たんじゃなかったのか? ヒマなやつだな、有名人でも何でもない俺の取材に来るなんて」

 わずかではあったが、修二の口調が刺々しさを帯びた。それがどれだけオレを喜ばせたことか。そんなふうにオレをはしたない気持ちにさせるのは、修二、お前のせいだよ。お前が二年もの間、秘密を隠していたから。そしてそれを、今更のように打ち明けたのだから。

「テレビ局の特派員なんだって? 彼」オレは切り込んだ。

 リバーボートが出帆した。エンジンが船室の床を震わせ、それから船底がテムズ河の流れを切り裂き滑り出した。リバーボートは出帆した。

「ああ」

「その彼の姿を、ひさしぶりにテレビで見掛けた。早朝につけたテレビのニュース番組で、ロンドンの爆弾テロの模様を報道する彼の果敢な姿を」

「はいはい、その通りですよ」修二は投げやりに言った。「手紙にも書いていただろう、先々週の土曜日だ」

「先々週の土曜日の朝…、と言うことは」わかってはいたけれど、わざとらしく記憶を手繰るときの目をするオレ。それから修二の顔をまじまじと見つめて続けた。「その前の金曜日の晩、オレとお前は一緒に飲んでいたよな。その後お前の最近のオトモダチの近田君が合流した。お前が、最近入れあげている近田君。キミたちは、中睦まじそうにオレをひとり置き去りにしてどこかへシケこんだよなあ」

「ああ、あの素晴らしい体躯を想像するだけで、だらしない気分になるよ」

 修二は瞼を閉じ、深呼吸をした。別の小型船と擦れ違い、リバーボートがバランスを崩した。オレはゆっくりと手を伸ばし、目を閉じた修二の手、膝の上に無造作に投げ出された彼の手の指先に、かすかに触れた。修二は逆らわなかった。彼が逆らわないので、オレは少しずつ手に力を加え、彼の手の甲を穏やかに握った。彼は目を閉じたままだった。オレは言った。

「オレが察するに、あの晩、確かもう二時をずいぶんと回っていたから、お前たちが部屋に帰り着いたのは、おそらく四時近くだ。それからお前と近田君は、いつものようにセックスをした。近田君の素晴らしい体に、お前は抱かれた。年下なのに体で尽くしてくれる近田君に」

 リバーボートはテムズ河を下り続ける。オレは修二の顔を覗き込んだ。彼は目を閉じたまま、手を握られたままだでいた。オレは続けた。

「無我夢中のセックスが終わり、その余韻に浸っているお前が目に浮かぶよ。近田君の素晴らしい体にしがみついていると、気付かぬうちに、夜が明け始めていた。そうだろう? それからモーニングコーヒーを沸かし、何気なくテレビをつけてみると、早朝のニュース番組に映っている彼の姿が目に飛び込んできた」

 修二は不意に瞼を開いた。コーヒーを沸かす時に響いたコトコトという音、二人分のカップを運ぶ時の裸足の音、早朝の蠱惑的な反響と研ぎ澄まされた空気の冷たさを思い出して、はっとしたのだろうか。

 空は少し明るくなったのに、小雨が降り始め、船窓に、微細な雨粒が付着した。

「英国の雨はいい匂いがすると、誰かに聞いたことがある」とオレは言った。

「あとで試してみよう」甘えるように、修二がオレの手を握り返してきた。

 握り返してきた彼の手を、オレは放した。それから言った。「続きを話してもらおうか」

「俺、突拍子もないことをしでかしてしまったんだろうか」

 修二は、急に不安げな表情をこちらに向け、やっと本音を漏らした。リバーボートは、ウォータールー橋をくぐったところだ。

「さあな」

 雨が降ったのは、ほんの僅かな時間のようだ。空が明るくなったような気がした。それでも、一様なグレーを保っていた。河岸に続く建物。おそらく、一週間も経てば、この光景のディテールは記憶から消し去られてしまうのだろう。けれども、きらめく全体像の雰囲気は忘れられず、いつまでも、しっとりとした印象を伴い、心の中にとどまっているのだろう。

「続きを話してくれ、ゆっくりでいいから」オレは穏やかに促した。

「ぜんぶ、お前の言った通りだ」修二は、何かから解放されたかのような、安堵の表情を示し、語り始めた。

「あの晩、いつものように近田君とうちに帰って、それから彼に抱かれた。抱かれているだなんてこと、正直に告白できるのはお前だけだ。そしてそのあと、コーヒーを飲みながら何気にテレビをつけてみると、爆破されて炎上しているビルの前に、彼が立っている光景が突然、映し出された。二年前、シュンと知り合う前、俺が本気でほれていた男が、な。あれほど引き止めたのに、俺を残して旅立っていったあの人が」

 修二の目は遠くなっていた。何を見つめていたのだろうか。わからなくて、置き去りにされたような気がして、どこを見ればいいのかわからなくなって、オレは彼を遮り口をはさんだ。

「その彼とは、それきりなのか」

「いや、彼が帰国したときは、会っていたよ。でも二回だけかな。こちらから会いに出向いたのは初めてだ。近頃はご無沙汰だな。もう一年も会っていない」

 やはり、修二は遠くを見つめていた。

「長らくご無沙汰だった彼に急に会いたくなったのは、どういうわけだ」

「どうしてだろう…。テレビ画面の中の彼が、遠く感じられたからかな。すっかり存在を忘れているときよりも遠くに、手の届かないところにいるように」

 白い光、それ自体が発光する街のきらめきに吸い寄せられる男。その男の独り語りが続いた。

「炎上するビルを背に、彼がとても早口にまくし立てていたんだ。俺が知らない、仰々しいくらい緊迫した表情で。近田君はアクション映画か何かを見ているように、興奮していたよ。興奮して、テレビの前に乗り出していた。俺は、セックスをしたばかりの彼の肩越しに、昔、本気でほれた男の見知らぬ表情に釘付けになっていた。俺が驚いたのは、あの人がこちらを見ていたことだ。テレビ画面を通して、こちらに視線を投げていたことだ。俺のことは一度も、見向きもしなかったのに。一人にしないでくれとすがりついたときも、行く先だけを見つめていたのに。戦場のような光景と彼の真剣な眼差しが、俺をおかしくしてしまったのかな」

「それで、彼に会いにロンドンまでやってきたのか、心配になって」

「まさか、彼のことなんて、心配じゃなかった。たぶん、自信はないけれど、どうなのかな…。急に何かに駆り立てられて、心がはやって、あふれそうになって、不安だった…。適当な理由を作って近田君を部屋から追い出した。それから後のことは、よく覚えていない。とにかく、行かなければならないと思った。思ったら、もう自分が抑えられなくなってしまった」

 そこで言葉を切った修二は、今度は彼の方から急にオレの肘を掴み、こちらをまっすぐに見つめた。それから既に導き出している答えに同意を求めるかのように、オレに問うた。

「俺、やっぱり突拍子もないことをしでかしてしまったんだろうか」

 オレは無言のまま彼を見つめ返しただけで、彼の欲しがっている答えを口にはしなかった。首を横に軽く振った。

 すると、小泉修二は薄い微笑を浮かべ、ゆっくりと顔をそむけた。河明かりを受けた、端正な褐色の面持ち。短く黒い髪が、輝いていた。

 骨張った彼の手から力が抜け、オレの肘から指先が離れてしまった。二人は離れてしまった。彼は呟いた。

「あれからバスが二台、爆破されたそうだ。昨日も地下鉄の駅が閉鎖されて、警察の爆弾処理班が爆弾探知機で駅中を調べたそうだ。デマの情報も飛び交っているらしい。物騒な街だな、ほんとに物騒な街だ。こんなところ、来るんじゃなかったな」

 彼はそれきり黙ってしまった。しばらく二人は、無言のまま船の揺らぎと同化していた。窓辺の彼の輪郭線はあまりに美しかった。彼は美しかった。オレは意地悪を言いたくなった、だから言った。

「ああ、来ない方がよかったよ。こちらにいる限り、テレビのニュースを見ても彼の姿は拝めないからな」

 言った後、あまり気のきいた意地悪ではなかったと後悔した。オレはみじめになった。

 テムズ河は絶え間なく流れゆく。河景色も、河明りも同様に。リバーボートは、広がってゆく穏やかな流れ、その表面にたゆたうさざ波を、なめらかに切り裂いて滑った。切り開かれた波紋の裾が、揺れていたかもしれない。水面下には、穏やかだが巨大な水の動きがあるのかもしれない。

 やがて、船窓からロンドン塔が見えた。もう終点だ。あと少しで、テムズ河クルーズもおしまい。小泉修二とオレは、無言のままでいた。二人とも、それぞれ反対方向の河岸の景色を、見るともなしに眺めていた。

 沈黙を破ったのは、オレだった、リバーボートのエンジン音と河の水音に、声を溶け込ませたのは。穏やかな声色だったように、自分でも思う。

「そう言えば、近田君に会ったよ、先週の金曜日の晩、お前から手紙をもらったあとで」

「そうか」修二の声も穏やかで、ほとんど感情が感じられなかった。「元気にしていたか?」

「ああ。体の方は、相変わらず素晴らしかったよ。お前と連絡がつかなくて悄気ていたけれど」

「あいつの体を思うと、ほんとにだらしない気持ちになるよ」

「よせよ。年増女じゃあるまいに」

 オレがそう言うと、修二は力なく笑った。オレも同じように笑った。二人で少しだけ笑ったあと、ほとんど同時に浅いため息。浅いため息は、軽い孤独感を残し、消えてしまった。

 リバーボートが減速した。桟橋まで、あと十数メートルだ。船底が振動し、景色の流れも止まった。空模様は、雨が降ってもおかしくない感じに戻っていた。けれど、もうしばらくは降らないだろうと予感した。二人には話す言葉もなく、ただなんとなしに笑った余韻に浸っていた。このまま浸り続けるのも悪くはないし、ぎこちない気がしないでもなかった。修二は何を思っているのか。何も思っていないのかもしれない。オレはといえば、旅行に出かけたとき独特の、漠然とした感傷、デジャヴのような気だるさの中に、ただただ埋没していた。その、ぼんやりとした感情にも、鮮明な核があったのかもしれない。

 異国の水上で揺れているオレ、一度だけ寝て、そのあとはトモダチでいる男の隣に座っている。

 そしてその男は、いくつもの子午線を越え、本命の男、放ったらかしにしておきながら忘れることの出来なかった男を追いかけて来たのだ。

 そしてオレは、その突拍子もない男を追って極東を飛び立ち、ユーラシア大陸から放り投げられたこの島国までやって来たのだ。けれど、オレが追いかけて来たのは本当にこの男なのか? 何を求めて? わからなかった。

 船が桟橋に到着した。アナウンスが終点だと告げた。乗客たちは席から立ち上がり、乗降口へと押し寄せた。オレたち二人はすぐには立ち上がろうとはせず、他の乗船客が立去るのを待った。船室が空になると、二人はゆっくりと席を後にした。それからリバーボートを降りた。

 船を降りるとき、小泉修二がバランスを崩してよろめいた。彼の肘に腕を掛け、オレはよろけた彼の体を支えてやった。修二もオレに一瞬、体をゆだね、バランスを持ち直した。その時、オレは尋ねた。

「それで、本命の彼との一年ぶりの再会の感想は?」

 しばらく黙る彼。それから、呟いた。

「それが、まだ会ってないんだ」

 今度はオレが黙り、彼の顔をしげしげと眺めた。

「何だって?」

「だから、まだ会ってないんだよ」

「こちらへ来てから、もう二週間が経とうというのに?」

「ああ」

「ずいぶんと悠長だな」オレは彼の腕を放し、背を向けて船着き場に降り立った。背中を向けたまま言った。「あわてて出かけたわりには」

 オレが歩き出し船着場を横切ると、彼も後ろからトボトボと付いて来た。しばらくは、一定の間隔を保っていた。地下鉄の駅へと続く路へ入ると、小学校の社会見学か何かなのだろうか、年老いた引率の教員に連れられた子供達が、路をふさいでいた。子供達に道をせき止められていたせいでオレが歩調を緩めると、小泉修二が自然と隣に並んだ。

 後方から、ゴールデンリトリバーを連れた若い男が、くわえ煙草でやってきた。男もまた、足止めをくらった。その大柄な白人男性はのろまな子供たちに対する苛立ちを隠そうともしなかった。

 突然、男は後ろから怒鳴った。

「イディオット!」

 男の唇の間から、吸いくさしの煙草が落ちた。

 地下鉄で、トテナム・コート・ロードまで戻った。駅の近くで軽く昼食をすませ、その後、レコード店などをぶらつき、ソーホー・スクエアのカフェに入った。

 カフェのガラス張りの窓から、洗練されているが潤ってもいる色彩がうかがえた。例えば人々の、機敏だがあわただしくない歩行。カフェのカウンターは地元の常連客で埋まっており、観光客はテーブル席に着いていた。小泉修二とオレもご他聞に漏れず、慎ましやかに、窓辺のいちばん端のテーブル席に座っていた。オレが煙草に火をつけると、連鎖反応的に、修二も煙草をくわえた。

 通り掛かった、髪を結ったウエイトレスをオレが呼び止めた。

「彼には英国の紅茶を、それから僕にはシェリー酒を」

「昼間から酒か」修二は言う。

「悪いか?」

「別に」

 やる気のなさそうなウエイトレスだったが、注文した飲み物はすぐに運ばれてきた。オレは酒に口をつけ、一気に半分ほど飲み干すと、大きなため息をついた。

「観光に来たわりに、のんきな過ごし方をするんだな」修二が言った。

「何もしない休日を満喫しているのさ」

「こうやって、何でもないカフェで、昼間から酒を飲んで、か?」

「ああ。のんべんだらりと、怠惰にな。それが昼間の最も有益な過ごし方だ」

「夜が来なければ、何も出来ないヤツなんだな、お前は」

「どういう意味だ」オレは彼の言う意味がわからず、すぐに聞き返した。わかっているようでもあった。彼は迷いもせずに答えた。

続きは電子書籍で😊