作・リュッツォ
あなたはいつも夜に迎えにやって来て、あなたが来るのは必ず夜だけだ。たったこれだけのことを知るのに三ヶ月かかり、三ヶ月かかってわかったのはこれだけのことだ。
予感はいつもあった。街路の路上で待っているわたしの前に乗り付ける白いアルファードの運転席のあなたを見るたび、わたしは混乱する。あなたがこんな顔だったかと。
混乱。それだけがあなたがもたらす感情だ。
わたしはと言えば、朝から腫れぼったい目でピアノ曲を聴き、ナイトガウンを羽織ったまま家の中を行ったり来たりしているだけだ。時に書き物と、インターネットで服を衝動買いするが着て出かける試しはない。
調子がいい時は庭に出て薔薇の手入れをすることもあるが、これも滅多にない。ベッドに横になって、亡き王女のrためのパヴァーヌをずっとリピートしていることもある。
あなたからメールが来ると、わたしは支度をする。支度をするのになんと時間のかかることか。そしてあなたの白いアルファードが到着するまでが、どれほど長く感じられることか。
わたしはあなたが恋しい。けれども表情にも口にも出さない。大抵の男というのは恋愛感情というものを持たない。性欲だけだ。だからあなたにも言わない。教えてあげない。まだそこまで来ていない。男という生き物が、恋愛感情を持つ勇気がないと気付くまでにどれほど長い時間がかかったか。
二人は目で合図し、わたしは白いアルファードの後部座席に滑り込む。
その時にちらりとだけあなたの顔を見る。あなたはこんな顔だったかと。
いつだったか、家族にはちょっと出かけるとだけ言っていつもだらしない格好で現れるわたしが、ある日めかしこんであなたを待っていると、あなたは驚いていた。
わたしは出来るだけあなたの顔を見ないようにする。運転席と後部座席の二人。寡黙なまま、白いアルファードは船のように夜の港町をゆく。
わたしはたびたび間違った道を教える。道案内以外に話すことはほとんどない。聞きたいことは積もっているというのに、お互い何も質問しない。
言いたいことは募っているのに、何も言えないでいるわたし。
車はホテルを目指す。わたしはどこでやったっていいのに、例えば車の中、船着場の陰、だけども二人はベッドを求めてホテルに入る。
暗い部屋の中で目を閉じてますます暗くなる。快楽だけのキスをする。後日思い出そうとしても蘇らない感覚に溺れる。
あなたの毛深い下半身に顔をうずめる。足と太ももを舐める。
わたしにこんな書き物が出来るのは、特別書く才能があるわけではなくて、他の人がやろうとしないことをやっているだけだ。
あなたがわたしの上に乗る時、そっと目を開けて暗がりの中のあなたの夜の顔を見る。誰の顔かわからない。あなたはわたしに身を沈めて入ってくる。あなたはわたしの夜の顔を見ているだろうか。
わたしたちはお互いの内部を知っている。肛門のきつく締まる部分からその奥の柔らかでよく滑る襞の中までを。
けれどもあなたの首筋がいとおしい。つながったままのキスも。首に腕を回し、奪いたくなる衝動。
わたしはいつも不安定で、何かにしがみついていたい。たまたまそれが今はあなただったのかもしれない。
お互いに、何も聞かない。
お互いに、何も言わない。
暗黙の了解が時にわたしを苦悩させる。
ホテルを出て雨が上がっていると運命を感じてしまうこともあった。それでも何も言えない。饒舌だったわたしはどこに?
たとえばあの宵、ラブホテルの出口のカーテンを抜けるとそれまで降っていたはずの雨が上がっていて、港町の海上自衛隊の上空がオレンジ色に発行していて、このまま連れ去れあって欲しくなる。昔聴いた歌のようで、あなたとこのまま誰からも逃れて逃避行に出かけたくなる。そんな衝動。
それをおさえ、ルームミラー越しに少しだけ会話する。あなたの目は憂いを帯びていて、ルームミラーに切り抜かれたそこが唯一見えるあなたの顔。
港町の夜影。ライトが時々あなたの輪郭を映し出す。
わたしはあなたの夜の顔すらよく覚えていない。
あなたはわたしの夜の顔くらいは見ているだろうか。混乱する。夜影の記憶とあなたのルームミラーの中の二つの目。
あなたのこと、人に言ったりしない。
だけどきっと書くんだ。明瞭な瞬間というのはなかなかないから、わたしはあなたのことを書いておこうと思う。わたしは書くということをずっと続けてきた。お金になったのはほんの少しで、それでもわたしは書き続けている。こんなに病んでしまって、一日日がなナイトガウンで過ごしているというのに、書くことだけはやめなかった。あなたのことをノートに書き留めていた。
わたしはあなたを求めていた。
この港町にやってきて、あなたと出会った。三ヶ月続き、どれだけわたしが恋い焦がれていたことか。けれども言えなかった。また会おうとういう約束がどれだけわたしを不安にしたことか。何ページも何ページも明日か明日かと書き連ね、あなたからの連絡を待っていた。わたしは怖れていた。もしかしたら最後じゃないかって。わたしの破壊の前兆はすでに現れていた。アルコールと多量の安定剤を飲んだくらいで壊れるのはせいぜい体だ。あなたという存在の膨張がわたしの心を壊し始めた。
あなたは照れてわたしを絶対に助手席に座らせなかったよね。広いアルファードの後部座席でわたしはいつもくつろいでいた。あなたはただ、男同士で隣り合っているのを人に見られたくなくてわたしを後部座席に乗せるのだけれど、わたしは何だかその方が待遇が良いみたいで気に入っていた。
ルームミラー越しの会話が何かの映画みたいで、わたしはこの瞬間を一生忘れないのだろうと思った。いつもぎこちなかった。ぎこちなかった二人はぎこちないままで終わってしまった。あなたは転勤でこの港町を去ってしまった。突然だったのだ、転勤が決まってもう行ってしまったとメールが来たのは。どれほどの衝撃だったことか。去った後で、好きでしたと伝えた。ありがとうと、あなたは言った。あなたはまた機会があったら会おうと言った。けれどもその約束は決して叶わないのだろうと、知っていた。あなたがいなくなっても、わたしは次を探すだけだ。また次を探すのだろう。そして年老いてシワが怖くて笑えなくなるのだろう。
わたしは病気をしてしまい、どうにもならなくなってこの港町に戻ってきた。部屋に閉じこもり、亡き王女のためのパヴァーヌでないときはショパンの幻想即興曲を聴いていた。夜な夜な起き出してはノートに支離滅裂なことを綴っていた。希望という名にひかれて注文した、スイレンだと思っていたものが実はハスで、それでもわたしは咲くのを待っていた。希望が咲いてから半年、あなたにめぐり逢ったのだった。
出会い系で知り合い、互いのことはあまり知らないままやるだけだった。あなたはセックスが上手だった。掘るのが上手で、わたしはこの年になってこんな快楽を得られるのかと空恐ろしくなった。繋がったままで足を開いたり、上に乗せられたりキスしたり、もう暗闇から逃れられなくなるのではないかとすら思った。
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