おまいりする犬

 これこれ、しんぶんをふんだら、おりこうさんになれませんよ。
 しかることのないおばあちゃんですが、ルティカがしんぶんしをふむと、かならずちゅういします。
 お母さんは、ひるま、しごとに出かけていて、お兄ちゃんは、さくねん、とうきょうの大学に行ってしまったので、ルティカはひるま、おこたに入っているおばあちゃんと、すごしています。
 日の当たるろうかにおいてもらったベッドで、一日中、日なたぼっこをしています。
 そんなルティカも、もう十七才。そろそろ天国へ行くじきだと、じぶんでもわかっています。
 このごろ、よくおしっこをしっぱいして、ベッドの中でしてしまいますが、おばあちゃんは、しかりません。
 ルティカがしょげて家のすみの方にかくれていると、
「あら、あら、しっぱいしたですか。おばあちゃんが、かたづけてあげるけんね。」
 と言って、かたづけてくれます。
 おばあちゃんは、とやまののうかからひろしまにとついで来たので、とやまのことばとひろしまのことばがまざっています。
 その年の十二月ちゅうじゅんになって、ルティカは、そろそろそのじきが来たのだと、じぶんでもさとりました。
 あとは、一目でいいから、お兄ちゃんに会いたい。ルティカはそう思いました。
 もう、目は、はくないしょうであまり見えなくなり、テーブルの足にあたまをぶっつけるようになったし、耳もあまり聞こえません。
 それでも、ルティカにはまいばんする、しゅうかんがありました。
 どこでうたたねしていても、よる、おばあちゃんがぶつだんをまいる、りんをたたく音が聞こえると、よろよろとやってきて、おばあちゃんのとなりにおすわりします。
 それは、まいばんのことです。
「まあ、また来たかね。おりこうさんじゃこと。あなたは、きっと、ごくらくに行けるね。」
 おばあちゃんは、そう言ってから、おきょうをあげます。
 おばあちゃんがおきょうをあげているあいだ、ルティカはとなりでおすわりをしていますが、それもさいきんでは、少しずつしんどくなってきたので、しせいがくずれそうになることがあります。
 いなかの丘にあるこのいえは、日当たりがとてもよいので、ひるまのひなたぼっこは、ルティカの、たった一つの楽しみでした。
 よるは、このあたりはとてもしずかで、ルティカは少し、さびしくなります。
 でも、りんのおとがきこえたら、かならずざしきまでいっておすわりをします。
 このいえは、もうひゃくねんもたっています。
「おや、こんやもきたんじゃね。るじかちゃんはえらいこと。」
 おばあちゃんは、ルティカといえず、いつも「るじか」といいます。
 つぎのばんも、ルティカはりんがきこえると、ぶつだんをまいりました。
 そのつぎのばんも、ルティカはまいりました。
 そのつぎのばんも、ルティカは、おばあちゃんのとなりにすわってまいりました。
 せ中はまがってしまい、おきょうのあいだ、ちゃんとはすわっていられず、ときどき、ふせるようになりました。
 それでも、ルティカはまいりました。
 つぎの日も、ルティカはまいりました。
 そのつぎのよる、ルティカはすわることができず、ふせていました。
 お兄ちゃんに会いたい。
 お兄ちゃんはくれにかえってくるはずだわ。きっと、かえってきてくれるはずだわ。
 ルティカは、それから三日かんは、ぶつだんにおまいりするとき、おばあちゃんのよこにふせていました。
 それから、つぎの日から、りんがなっても、ついに、ルティカはおばあちゃんのとなりにいけなくなってしまいました。
 もう、そろそろだわ。
 ルティカは思いました。
 でも、お兄ちゃんがかえるまでは。
 ルティカは、それからずっと、おこたのよこに、よこたわってすごしました。
 ねるときは、お母さんのおふとんの中に、入れてもらいます。
 そのつぎの日も、ルティカはおこたのそばによこになっていました。
 もう目も見えなくなり、耳もきこえませんでした。
 お兄ちゃんのことも、あたまから、きえかけていたけど、でも、どこかで、お兄ちゃんのことをかんがえていました。
 つぎのばんのよるの八時ころ、お兄ちゃんがとうきょうから、しんかんせんでもどってきました。
 お兄ちゃんはよる、げんかんをガラガラとあけて入ってきましたが、ルティカにはきこえません。
 そのときルティカの目はまっくらやみを見ていました。
 けれども、そのくらやみの中に、あわいピンクの小さなともしびがひかりました。
 そのともしびが、少しずつ大きくなりました。
 そのひかりは、オレンジ色になりました。
 そしてそのひかりは、しだいしだいにルティカの中で大きくなり、ルティカをぜんぶ、つつみこみました。
「ルティカ・・・。」
 お兄ちゃんのこえでしょうか。ルティカにはよくきこえません。でも、お兄ちゃんにだかれているように思えました。
 それから、お母さんのこえも、小さかったけれど、きこえました。
「お兄ちゃんはびょうきがちでよわいから、ルティカ、天国からみまもっていてあげてね。」
 お兄ちゃんにだかれてるんだ、ルティカはそう、かんじました。
 そう、かんじると、ルティカをつつむオレンジ色はますますもえあがり、ルティカはあたたかくて、じんわりとなみだがにじみました。
 そのオレンジ色のともしびがもえるだけもえて、それから、ずっと、もえるだけもえていました。

(終)