ふたご座のポルックス

 春の星座にふたご座があります。ふたご座のアルファ星を兄のカストル、ベーター星を弟のポルックスとよびます。二人は前世でもとても仲の良い兄弟だったので、大神ゼウスがふたご座にしました。
 カストルとポルックスは仲良くすごしていましたが、ポルックスはまだおさなく、兄にあまえてばかりでした。これでは弟のためにならないと考えた兄は、かみのけ座の美しい星ベレニケさんをおよめさんにし、ふたご座をはなれてしまいました。弟のためでもありましたが、カストルはベレニケさんを深く愛していました。
 とほうにくれてしまったポルックスは、泣きじゃくりました。どうして兄さんはぼくをおいてふたご座を出ていってしまったのだろう、どうすれば兄さんはもどってきてくれるのだろう、と。
 けれども、一人ぽっちになってしまったポルックスは、ただぼんやりとするばかり。兄さんの後を追うこともせず、家に一人でいました。お母さんが、ためしに洗たく洗ざいのあき箱を一つポルックスにあげると、ポルックスは箱を大変気にいり、もっとほしいとねだるようになりました。お母さんは近所の星のうちをまわり、洗たく洗ざいの箱をもらってきました。星の世界の洗たく洗ざいの箱は大きいのです。ポルックスはその色とりどりの、めいがらが書かれたあき箱を星の庭に置いてはながめ、やがて並べてみたり、つみ重ねるようになりました。お父さんはあいかわらず星図盤で星座のせっ計をしています。
 いつしか、ポルックスの庭は洗たく洗ざいの箱でこさえたおしろができてしまいました。ポルックスは感心しました。中は何もないあき箱、紙を組み立てただけのあき箱なのに、重ねようによって立っぱなお城ができるのだと。ポルックスはあき箱のお城の中に入り、一人ですごすようになりました。ポルックスはお城の中では星の王様でした。けれども、そのお城の中では王様だけではなりたちません。星の王子様の役もやれば、クイーン、プリンセス、しつ事、時には助産婦さんまでこなしました。
 やがて、ポルックスのあき箱のお城は星座の世界でも話題になりました。
 ある日、牛かい座のアルクトゥールスさんからお手紙がありました。なんでも、アルクトゥールスさんは、やかんでお城を組み立てているとのことです。そのやかんのお城がどうやってバランスを保っているか、くわしく説明して、ポルックスと語り合いたい、ぜひ、やかんのお城に来てほしい、お茶でもしませんか? とのことでした。
 ポルックスは全然きょうみが持てず、こう返事をしました。「アルクトゥールスさん、どうせそのやかんのお城がずいぶんむつかしいんだって、じまん話でしょう? そんなことより、あなたのいとこのベレニケさんがぼくの兄さんをとってしまいましたよ。どうか兄さんを返してください」と。
 これを読んだアルクトゥールスさんは大そうきげんを悪くしてしまい、大神ゼウスに言いつけました。
 大神ゼウスは、ポルックスをかわいがっていましたが、このままではポルックスのためにはならないと思い、洗たく洗ざいのあき箱を全部、宇宙の風でふきとばしてしまいました。カラフルな絵がえがかれたあき箱は、一辺にトランプのもようになってしまい、スペードやキング、クイーンが宙をくるくるまって、おうし座の方角へととびさってしまいました。ポルックスは、しばし、ぼうぜんと冬の方角をながめていましたが、大切な箱を取りもどそうと心に決めて、トボトボと銀河の草原を歩きはじめました。
 草原を歩いていると、月見草のむれがありました。ポルックスはいつか兄さんにここにつれて来てもらい、二人でお月見をしたことを思い出し、座りこんで泣きはじめてしまいました。
 すると、月見草のむれの中をカサコソという音が聞こえ、いっぴきのイタチが出て来て、後ろ足で立ち上がりました。
「キミの洗たく洗ざいの箱がどこへ行ったか教えてあげようか?」
 イタチはとても親切に言いました。
「教えてよ。でもキミは一体だれだい?」
「僕が何だか答えられたら、教えてあげるよ」
 ポルックスは、こんな動物は見たことがなかったので、考えこんだ後で答えました。
「トカゲかな?」
「なにを! わしのどこがトカゲじゃ! わしはネコじゃ!」
 イタチはおこってしまって、ポルックスのひざを、前足のツメで引っかきました。
「こんなネコがいるものか!」
 ポルックスはますます泣いてしまいました。もうイタチのすがたはそこにはありません。
 カサコソという音がしばらくしたあと、月見草の間にイタチがスッくと立ちました。
「こっちへおいで」
 イタチはひょうきんに言いました。
 ポルックスはイタチの後をついて歩きました。宇宙のカラスのむれがさっとよぎり、二人の方をチラリと見た目が光っていました。ポルックスは、こわかったけれど、イタチの後をついて行きました。
 太陽はしずみそうで、ポルックスは不安です。
 突然、流れ星の矢がふりはじめ、ポルックスとイタチのまわりに、ぐるりと火の矢がつきささって、たちまち燃え上がりました。
「さあ、はやく!」と、イタチ。
 ポルックスとイタチはいちもくさんに走りました。
 走って走って、ふり返りもせずに走ると、やがて二人は銀河の海にたどりつき、それ以上、進めなくなってしまいました。
 もう夕ぐれ時です。ポルックスは不安になって日がしずむ西の方角をながめました。
 すると、空の向こうから何か黒い点々が見え、やがて大きくなってこちらに近づくと、くるりくるりと空をせんかいして浜辺にドサっと一辺におちました。それらはトランプの絵になった洗たく洗ざいのあき箱でした。ポルックスはおどろいて、へなへなと浜辺に座りこみました。イタチはぴょんぴょこと辺りをはねまわっています。
 日はますますかたむき始めました。ポルックスはいつもあき箱であそんでいるように、トランプになったあき箱の7をおいて一人でシチナラベをはじめました。イタチは相手にならないだろうと思っていたのです。イタチはまだおどっています。
 やがて日はしずみ、夜になりました。
 ポルックスはこまってしまいましたが、よい考えが浮かびました。浜辺に、あき箱でお城を作って夜を明かせば良いのです。すぐにお城を組み立て、中に入って小さくなって座りました。するとイタチが箱のすきまからしのびこんできて、ポルックスのひざの上に丸くなりました。イタチは言いました。
「本当は、ぼくにもわからないのだ。自分が何ものかわからないのだ」
 イタチはおどりつかれ、ポルックスのひざの上でねむりこんでしまいました。
 ポルックスは、どうしてだかイタチのことがにくめず、せ中をなでてやりました。
 なかなかねむれず不安な気持ちでポルックスが夜をすごしていると、洗たく洗ざいの箱のお城のまわりに、星のヒトデが集まって歌いはじめました。イタチのせ中をなでればなでるほど、ヒトデの歌は大きくなりました。
「ぼくたちヒトデ。カストル兄さん、ポルックスをすてて、ベレニケのところへ行っちゃった。ポルックスはずっとひとりぽっち」
 その歌を聞いたポルックスは泣いて夜をすごしました。ヒトデは一ばん中歌いました。
 やがて夜が明け、箱のすきまから朝日がさしこむと、イタチは目をさましました。
「さあ、海をわたって何かさがそうか?」
「どうやって海をわたるんだい?」
 ポルックスは、けげんそうに聞きました。
「このあき箱でイカダを作ればよい」
「そうかあ、それは名案だ! それならぼくにもできる! でも一体、どこへ行くんだい?」
「それはこれからさがそう。世界には何があるかわからないんだから」
 ポルックスはさっそくあき箱でイカダを組み立て、二人は浜辺をはなれて海に出ました。海は果てしなく続くように思えました。水平線の向こうの天の河の方をじっと見つめていると、何ということでしょう! 突然、兄さんのカストルがあらわれてにっこりと笑いました。
「お前は心配をかける弟だなあ、オレがお前をすてるわけなんてないだろう? ベレニケさんとは結こんしたけど、お前とはいつまでも兄弟だよ。けれども、もうお前はオレにあまえすぎないで、一人立ちするようにしなさい。こまった時はたすけてやるから」
 カストルはそのとき着ていた、大神ゼウスにあえられた、ごうしゃなオレンジ色のコロモをぬいでポルックスに着せ、自分は白いシャツになりました。そういうわけで、ふたご座のカストルは白色、ポルックスはオレンジ色、ふたご座は金星銀星とよばれています。
「カストル兄さん、ぼく、きっと強くなるよ」ポルックスは、そうちかいました。
 これを見てよろこんだ大神ゼウスは、二人をふたご座にもどしました。それからも、ポルックスとイタチは時々イカダに乗って旅に出かけます。
 わたしたちは、太陽系からそういった星のなりわいを夜にながめ、明日の力にしているのです。

(終)