ススキの涙

 青い青い空からふりそそぐ日の光は、まったくおもさがないような、うすい、さらさらの羽のようで、はかなくも、とうめいにすきとおっています。
 けれども空はまっさおで、かべのようにしっかりとした青でした。
 ところどころに、はぐれぐもがうかんでいました。
 その秋の青い空の下を、一台の青い車が走っていきます。ほかに車は見あたりません。
 どこまでもつづくようなどうろを、青い車はまっすぐに走り、やがて小さな山にすいこまれるように、トンネルに入って行きました。
 青い車がトンネルをぬけると、次に出た、いったいの草原に、ススキのむれが生えていました。
 草原は広く、こちらも、どこまでもつづくようです。
「お父さん、このざっそうみたいな植物、なに? ざっそうなの?」
 車のじょしゅせきに座っている、ヒロくんがたずねました。
「ああ、ヒロははじめて見るのかい? おばあちゃんちに行くときにいつもここをとおるのに。これはススキって言うんだよ。いつも生えているけど、このじきになるとこうやって穂をたらすんだ。」
 お父さんは、ちらりと草原の方を見て言いました。
「こんなにたくさんあるのなんて見たことないよ。ぼく、はじめて見るよ。ねえ、お父さん、車を止めてよ。あの野原に行ってみたいよ。」
「今おばあちゃんちに向かってるんだから、ムリ言っちゃいけないよ。またこんど来ればいいさ。」
「ちょっとでいいからさ、ほんのちょっとだけ。このじきでないと、こんなに穂が出てるの見れないんでしょ。次に来るときに見れないよ。」
「言い出したら聞かないヤツだなあ、ヒロは。じゃ、五分か十分だけだぞ。」
 そう言ったお父さんは、ウインカーを左にてんとうさせて、青い車を道ろのはしの方に止めてくれました。
 ヒロくんとお父さんは、車をおりました。ひとけのないどうろに、ドアをしめるバタリという音がひびきました。
 ヒロくんは、かけあしで野原に行きました。お父さんは、ひざしに目をほそめて、ゆっくりとヒロくんのあとを歩きました。
 ヒロくんは、野原にたちつくし、いったいをみまわしました。ヒロくんのせたけくらい、ススキの高さはあります。
 お父さんは、ヒロくんのうしろに立ち、うでぐみをしました。
 ヒロくんは、少しだけさびしそうな目をして呟きました。
「お母さんもくればいいのにね。お母さん、おばあちゃんとなかわるいの?」
「ヒロは気にしなくていいんだよ。」
 お父さんは、うしろからやさしく言いました。
「お母さん、おばあちゃんち行くとき、来なくなったじゃない。」
「お母さんも、色々と忙しいんだよ。」
「お父さんと、お母さんと、三人でいっしょにこのススキを見たかったなあ。
 ススキって、さきっぽがホウキみたいにふわふわで、おもしろい植物だね。」
「ヒロの言いそうなことだな。ススキなんて、こんなさびしそうな草、どうして気に入ったんだか。そういうところ、お母さんににたんだろうな。父さんは、こんなさびしそうな草、好きじゃないよ。」
「そう?風が吹くとゆらゆらふわふわして、なんかおどっているようだよ。」
「さあ、もう行こう。」
「もうちょっと見させてよ。」
「しかたがないやつだな。」
 お父さんはそう言いましたが、顔はおだやかでやさしそうでした。


「このお子は、お知りおよびのようではないの。」
 ススキの太郎じいさんが言いました。
「だんな、そりゃ、これほどお若き身で、思いもよらないでしょうよ。ここがどんなにおそろしいところか。」
 ススキのワカコさんは、色っぽいあでやかな声でこたえました。すこしわらっているかのように。
「また、きのう、ござったでの。新しいのが。ひどいはなしじゃ。」と、ススキの太郎じいさん。
「ええ」と、ワカコさん。
「ほんとうに、むごいことじゃ。」
「ええ、ほんとうに。」
「こんどはネコじゃった。」
「ええ、ネコでした。しかもまだ小さな。」
「また、あの男が来ての。」
「ええ、あんなことするのは、ここらではあの男だけですよ、太郎のだんな。」
「この、わしらススキのあしもとに、どれだけ動物のいがいがうめられていることか、このお子は思いもよるまい。」
「ええ、まだお子ですもの。」
「わしらの穂が、ゆらゆらとゆれておもしろいなどと、ながめておらっしゃる。」
「ええ、ゆれておりますから。」
「あの、夜な夜なやってくる男が、どれだけの動物をいじめ殺して、ここにうめに来たやら。」
「ええ、それは他のススキいちどう、知っておりますよ。」
「わしらのイカリもげんかいまで来ておる。ムゴキことじゃ。つみもない動物をいじめて殺しておるとはの。」
「あの男は、せけんからつまはじきにされて、しごともやめて家にこもり、あのようなことをしているようすで。」
 色っぽい声のワカコさんも、太郎じいさんから穂をそむけて、なげきました。


「ヒロ、そろそろ行こう。おばあちゃんち、行くとちゅうだぞ。」
「もうちょっと待ってよ、お父さん。」ヒロくんは、さびしそうな小声で言いました。
 青い空の下、秋の風が吹いています。
「どうしたんだ、ヒロ。」
「お父さん、車のうんてんちゅうにじゃましちゃいけないかと思って言えなかったけど、友だちのケントくんが、学校でいじめられてるんだ。」
 お父さんは、だまりこんでしまいました。ススキの野原に目をおとし、どう言っていいのかわからないようすでした。
「でも、ぼく、どうにもしてあげられなくて、ぼくだけケントくんをムシしないから、みんなもさいきん、ぼくをムシし始めてるんだ。」
 お父さんは、しばらくだまっていました。ヒロくんはススキのむれをながめ、しずんだ顔をしています。
「そうだったのか、ヒロ・・・。ツライ思いをしているんだな。
 でも、ヒロまでケントくんをムシしたりしちゃいけないぞ。」
「うん・・・・。」
「ヒロがどうすればいいのか、お父さんにもしょうじき、わからないけど、せめてケントくんのそばにいてあげるんだぞ。」
 青い青い空の中の、はぐれぐもが貝のかたちに見えました。


「くやしいのお、くやしいのお。」ススキの太郎じいさんがつぶやきました。
「われらに力があれば、殺された動物たちを生き返らせて、あの男にふくしゅうさせてやるのだがのう。
 わしらはしょせんはススキじゃ。そのような、くろまじゅつじみたことはできぬでの。」
「太郎のだんな、ふくしゅうなんてしたってダメですよ。動物たちだって、生き返ってもふくしゅうするかどうか、わかりません。
 動物たちが生き返ったら、そりゃ、うれしいでしょうがね、もしかしたら、あの男に殺されたことなんてわすれて、自由に生きることをえらぶかもしれませんよ。そのほうが、動物たちだってうれしいでしょう。」
「わしはあの男がゆるせぬでの。くやしゅうて、くやしゅうて。」
「あたしだって、あんな男、許せませんよ。だけど、あたしらにどうにもできないですよ。ここに根をはって、みうごきすらできない身ですもの。」
「あの男が、ここに殺した動物をうめるようになって、三年目の秋じゃ。
 あの男があのようなむごいことをせずとも、心おだやかに生きていけるようになれば良いのだが。」
「太郎のだんな、またこのじきが来ましたねえ。
 あたしだって、数えてますよ、三年目。くやしいですよ。
 あたしらにできるのは、殺された動物たちの死をいたむくらいのことです。
 せめてあの子たちが、天国でおだやかに、のびのびと、だれにもいじめられることなく、くらせるようにと。」
 ススキのワカコねえさんは、太郎じいさんよりもだいぶわかく美しいむすめですが、しんの強いススキでした。


「ぼく、ケントくんのそばにいるよ。ほかになにもできないけど、ケントくんがツライとき、そばにいるよ。
 みんながムシし始めても、ヘッチャラだよ。」
 ヒロくんは、そう言って、うすい、はかない、空ににあった、ほんとうに弱そうなえがおをうかべて、お父さんをふり返りました。
「そうだね、ヒロ。」
 お父さんは、ほんとうは不安だった。ヒロくんが、みんなにムシされるようになって、さびしい思いをしたらどうしようかと、とても不安だった。
 けれども、お父さんは、それ以上、何も言いませんでした。いえ、何を言っていいのかわからなかったのです。
「おばあちゃんとお母さん、なかなおりすればいいのにね。」
 ヒロくんは笑いました。
「大人のことに口をはさまなくていいんだよ、ヒロは。」
 お父さんも笑い、ヒロくんのそばによって頭をなでました。
「さあ、行こうか。」
「うん、おばあちゃん、元気かな? 早く会いたいな。」
 ススキのむれの中を歩いて車へと向かうヒロくんとお父さん。


「さあ、せめて動物たちのくようをしようぞ、みなどの。
 わしらにできることはそれくらいしかない。
 みなどの、みなどの、ついにこのじきが来た。殺された動物たちがせめて成仏できるよう祈って、ナミダを流そうぞ。
 みな、そろそろ来るぞ。
 のるがよい、歌うがよい、賛美歌を歌い、ねんぶつをとなえ、風にのろうぞ。」
「ええ、太郎のだんな、むれのものはみな、じゅんびができてますよ。あとは風をまつだけです。」
 ススキのワカコねえさんは、すっくと立ち上がり、むれをみわたしました。そしてうっすらとほほえみました。
「では、みなさん、おねんぶつを。」


 ヒロくんとお父さんが、ススキのむれを抜けようとしたときでした、草原いったいに、いちじんの風がふきわたり、ススキの穂からタネ毛がいっせいにとびはじめました。
 まるで、それは、動物たちの死をいたむススキのナミダのようでした。
 けれどもススキのナミダは、人間の涙のようにながれて落ちず、風に乗ってとんでいきました。
 動物たちの死をいたむススキの祈りが草原をかけぬけ、ふわりふわりと、とびあがりました。
 ススキのナミダはいつかどこかへとんで行って、いつかどこかへたどりつき、またあたらしい命が生まれます。
 青い青い空からふりそそぐ、おもさがまったくないような、とうめいな日の光をあびたススキのナミダは、風にのって、ながれ、ながれてゆきました。
 その青空の下、一台の青い車が走りさってゆきました。

(終)