逆さづりのプリンセス

 ある大りくのはしっぽの方に、ベティット王国と言う名の小さな王国がありました。ベティット王国には、ベールという名の、それは、それは、うつくしい、まだ小さなプリンセスがいました。
 玉のような子で、ほんとうにうつくしかったのですが、いじわるな王さまと、王女さまは、おしろのプリンセスのへやの中では、プリンセスを、みにくいといういみのモーシュとよんで、いじめていました。
 王さまがプリンセスをいじめていることは、おしろの中でも、しっているものもおりましたが、みんな、王さまがこわくて、なにもいえませんでした。
 王さまは、せけんていをとても気にし、よのたみが、王さまをそんけいしなければ、気がすみません。
 そとにでかけるときは、かならず王女とプリンセスをつれだし馬車にのって、なかよさそうに、じぶんは女王とむすめをかわいがっていると、見せかけていました。
 よるになると、プリンセスは、ねむろうとしてベッドに入ります。でも、こわくて、こわくて、ねつけません。
 じきに、王さまが、ろうかをあるいてくるあしおとが、プリンセスの耳に入りました。プリンセスは、おふとんの中にもぐりこんで、ガタガタとふるえはじめました。
 王さまは、ノックもせずにプリンセスのへやに入ってきて、なにも言わずに、おふとんをはがしました。プリンセスがこわくて目をとじているのも、しかたがありません。王さまは、おそろしいかおをしていますから。
「この、うすのろモーシュめ!」
 王さまはおふとんをはがし、プリンセスのかみを、つかみました。こわくなったプリンセスは、声をあげてなきはじめました。
「ギャアギャアなくんじゃない! うすのろモーシュ!」
 そう言った王さまは、プリンセスベールのりょうほうのあしくびをつかみ、もちあげました。それから、さかさまにしたまま、ベールのへやのバルコニーへのとびらをあけ、ベールをおしろのバルコニーから、さかさづりにしたのです!
「おとうさま、ゆるしてください!」
 プリンセスベールは、なきさけびました。
「だまれ、うすぎたないモーシュめ!」
 そとはよるで、まっくらです。ベールは、目をあけるとこわいので、目をとじていました。
 はじめてバルコニーからさかさづりにされたときは、目をあけました。おしろはたかいので、下はまっくらやみで、とてもこわかった。だから、もう、目をあけないことにしたのです。
「ほら、おとしてやろうか、モーシュ!」
 王さまはプリンセスの右あしをつかんでいた手を、はなしました。
「ゆるしてください、おとうさま!」
「こっちのあしはどうだ? おとしてやろう!」
 こんどは、王さまは、右あしくびをつかんで、左あしをはなしました。
「落としてやろうか! どうだ!」
「ゆるしてください!」
 それをずっと、王さまはつづけました。ながいこと、つづけました。
 けれども、王さまも、そうわかくはないので、つかれてしまうし、あきてきます。
 王さまは、プリンセスベールを、バルコニーにもどし、そのままそこにおきざりにして、へやを出て行ってしまいました。
 プリンセスは、そとのさむいバルコニーで、しばらくむせびないたあと、ベッドにもどってねむりました。
 あさが来ると、めしつかいがプリンセスのへやに食じをはこび、プリンセスは、ちょう食をたべます。
 しばらくすると、王女が、ようすをさぐりにやってきます。プリンセスは、いつも王女にそうだんするのでした。
「おかあさま、おとうさまがわたしにとてもこわいしうちをなさるの。わたし、こわいわ。」
「おまえがわるい子だからだよ。」
 王女はつめたく言いました。
「バルコニーからつるすのよ!」
「わるふざけでなさってるんだよ、おとうさまは。」
 王女はきくみみをもたず、プリンセスのへやを、立ちさろうとします。
「おかあさま、わたしをたすけて、おしろからつれて出してくださらない?」
「なにを言ってるんだい、おまえは? そんなことしたら、あたしまでおしろを出なきゃいけないじゃないか。あたしはよそでなんかくらせないよ。だいたい、どうやって生きていけばいいんだい?
 おまえがやられておけば、あたしはやられずにすむんだよ!」
 王女はそう言いはなつと、プリンセスにせをむけて、へやを出ていってしまいました。
 プリンセスベールは、そのばんも、王さまにさかさづりにされました。なきさけびましたが、だれも、たすけてくれませんでした。
 そのよくばんも、プリンセスベールは、まよなかに、バルコニーからつるされました。
 ずっとそうされつづけてきたように、またそのよくばんも、プリンセスはくらいなか、さかさまにつるされました。
 そのよくばんも、おなじように、つるされました。
 けれども、じつはそれを見ていた人が、一人だけいました。
 またプリンセスベールがさかさまにつられて、王さまがへやをさったあとで、プリンセスがへやでないていると、へやのドアを小さくノックする音がきこえました。
 プリンセスのへやをノックするのはめしつかいだけですが、めしつかいはこんなおそいじかんにはきません。
 ベールが、そうっとあけてみると、見しらぬ少年が立っていました。少年は、美しいかお立ちですが、まだおとなには、なっていないようすでした。
「お姫さま、わたくしはロジェといいます。このおしろで、ばんぺいとしてやとわれ、よるにおしろの見まわりをしています。少し、お話しがあるのですが、入ってもよろしいでしょうか。」
「おまえはおとうさまの家来なの?」
「さようです。このおしろでやとわれた、ばんぺいで、いなかののうかから出てきました。」
「お入りなさい。なんのようなの?」
 ベールは、少しけいかいしましたが、少年が美しかったし、やさしかったし、今はなきたいくらいのきもちだったので、へやに入れました。
「わたくし、まいばん、このおしろのまわりをあるいてけいびをしているので、お姫さまが、国王さまにどのようなことをされているか、ぞんじております。」
 ベールは大きな目をさらに大きく見ひらいて、おどろきました。
「まあ!」
「あまりに、おかわいそうなので、わたくしめでよければ、お姫さまをおつれして、どこかへにげます。いえはまずしいのうかなので、いいせいかつはさせてあげられませんが、あのような目には合わせません。」
 ベールは、王さまのしうちは、いったい、いつまでつづくのだろうと、まいばんないていたので、なやみました。けれども、こう言いました。
「わたくしは、このいえのために生まれてきたのだと、おかあさまに言われているの。ですから、おまえのこういは、うれしいけれども、行くわけにはいきません。」
 ロジェはひざをつき、ベールのかおをじっと見つめましたが、やがてかおをふせて言いました。
「さようでございますか。ですぎたことをもうしあげて、もうしわけありません。ですが、わたくしめは、いつもお姫さまを、おみまもりしております。ですので、なにか、おこまりのことがあれば、いつでもおっしゃってくださいませ。いつまでも、まっています。」
「ロジェ、ありがとう。こんなにやさしくしてもらうのは、はじめてよ。ほんとうにありがとう。いつかきっと。」
 ベールがそう言って、少しだけかおを赤らめると、ロジェはそうっとへやを出て、いなくなってしまいました。
 それからも、まいばん、プリンセスベールは、バルコニーから、さかさまに、つるされました。まいばん、まいばん、つるされました。
 やがて、プリンセスベールがせいちょうし、王の力では、さかさまにつるせなくなりました。王は、ベールをなぐりつけるようになりました。
 まいばん、まいばん、なぐりつけにやってきました。
 でも、こんどは、そう長くはつづきませんでした。となりの国といくさになり、王は出じんしなければ、ならなくなりました。
 プリンセスベールにとって、はじめてほっとできるよるが、おとずれました。
 しかし、その、はじめておとずれたあんどの日々も、そう長くはつづきませんでした。
 王はいくさにやぶれ、となりの国でしょけいされてしまったのです。おしろには、となりの国のへいしたちがおしよせてきて、ベールの母おやの王女は、ベールをつれておしろからにげだしました。そして、いなかの方へとうぼうしたのでした。
 王女は、ふだんからたかびしゃにふるまい、みがってでゆうめいだったので、国がまけてしまった今、むかえ入れてくれるいえは、一けんもありませんでした。
 ようやく、小さなのうかの、うまごやをかりることができました。それも王女とプリンセスだということはないしょで、かしてもらいました。
 うまごやに入ると、王女はいつもの王女に、もどりました。
「もうあたしたちには、めしつかいもいなければ、お金もないのよ。あのクズ男が、いくさにまけたからさ。うらむんなら、あのクズ男を、うらめばいい。めしつかいがいないのだから、これからぜんぶ、おまえがやるんだよ、モーシュ!」
 ベールは、ずっとめしつかいに食じを作ってもらっていたので、食じもつくれなかったし、そうじやせんたくも、やったことがありませんでした。
 その日から、けんめいにしましたが、王女はすべてにケチをつけます。
「この、のろまのモーシュ! さっさとしなさい! ほうちょうの音がうるさいんだよ!」
 それからも、王女はベールを、モーシュとよびつづけました。
 ベールはもう、だいぶせいちょうしていたので、少しはさからいました。けれども、母おやはベールをののしり、したがわせました。王女は、ベールがじぶんより幸せになるのだけは、ゆるせなかったのです。だから、年ごろになっても、男の人とは会わせないようにしました。
「あんたがかじをやらなくて、だれがやるんだ? あんたはいえのため、あたしの世話をさせるために、産んだんだよ。産んでもらってありがたいと思うんだね!」
「おかあさま、あたくし、もう子どもでは、なくってよ。おかあさまが、そんなだったら、あたくし出ていきます。」
 プリンセスベールがそう言うと、王女は、おにのようなぎょうそうをして、ツカツカとプリンセスに近づき、顔をひっぱたきました。そして、かみの毛をつかんで、プリンセスをうまごやにたおし、上にうまのりになって、首をしめました!
「いいかい、よく覚えておいで! おやが子どもをころしても、つみにはならないけれど、子どもがおやをころしたら、つみになって、しょけいされるんだよ、あのクズ男みたいにね!」
 母おやはそう言いはなち、すっかりプリンセスをしはいして、しまいました。プリンセスはふまんはたくさんありましたが、生まれてからずっと、こういうふうにきょういくされてしまっていたので、母おやの言うことにしたがって、はたらきました。
 うまごやをかしてくれるのうかを手つだうかわりに、食べものをもらい、のうかのおばあさんに、どうやってりょうりすればいいのか、おそわりました。そして、母おやのところへ、食じをはこびました。
 うまごやなので、それほどそうじはしなくてよかったのですが、うまごやをかしてもらっているので、うまのせわまでしました。うまのフンのことまで、やらされました。
 王女は、プリンセスをずっとかんしし、プリンセスがすることには、すべて口出ししました。
「みにくいモーシュめ! おまえのはたらきがわるいから、食べものがそまつじゃないか! もっとじょうとうなものを、もらってくるんだ! おまえがやるなら、ものごいだって、なんだってしてくるんだ!」
 けれども、ベールは母おやを、にくんではいませんでした。かわいそうな女だと、あわれんでいました。何年も何年もたつうちに、そうおもうように、なったのです。
 なにか言われても、ああ、あわれな女が、今日もなににもまんぞくできないでいるんだわ、お星さまを見上げるとあんなにキレイなのに、とよぞらを眺めることもありました。
 母おやがねついてからは、うまごやのやねに上がって、星空を見上げたり、お月さまをながめたりすることもありました。流れ星をさがしたり、見えるはずもないオーロラに恋こがれたり。
 それが何年もつづいているうちに、王女もベールも、それだけ年をとってしまいました。ベールは、女性としては、もう結こんのじきを、すぎてしまいました。
 王女はびょうきがちになり、弱っていきました。今ならにげられる。ベールは、なんどかそう思いました。けれども、にげませんでした。ベールにあったのは、ほんとうに、母おやへの、あわれみだけでした。
 愛してもない男とせいりゃく結こんさせられた、あわれな女だと思って、せわをつづけました。
 いっぽうで、父おやの王にたいしては、もう、ゆるしてはいました。が、ときどき、ぎゃくたいをうけたことを、とつぜん思い出して、いかりが込み上げてきました。母おやが守ってくれなかったことにも、いかりがこみあげてきました。
 それからも、王女はますますよわり、とうとうびょうきで、うまごやの中のベッドに、ねたきりになってしまいました。
 ベールは、食じを作っては食べさせ、王女のめんどうを見ました。けれども王女は、良くはならず、どんどんとよわっていきました。
 ベールには考えがありました。この女がいきをひきとるとるとき、なんて言うのだろう、そう思っていました。一言でも、わびるのかしら。
 けれども、そうはなりませんでした。びょうきになっても、おいしゃさまにもみてもらうお金もなく、王女はきゅうそくに、おとろえました。
「あんたみたいな娘、産むんじゃなかったよ。あんたが、もっと、みじめで、ふこうに、なればいいのに。あのクズ男だって、じごくに、おちてるだろうよ。よのなか、クズばかりで、ほんと、ゴミためみたいだった・・・」
 さいごに、王女はそう言って、いきをひきとりました。
 ベールは、まったく、お金をもっていなかったので、うまごやをかしてくれているのうかのおばあさんにおねがいに行きました。
 も服をかしてください、って。おばあさんにも服をかりて、黒いも服をきました。
 そして、黒いヴェールをかぶり、かおをかくして、母おやのベッドのそばでおいのりしました。
 このあわれな女が、せめてじごくにおちませんように、と。
 三日三ばん、いのりつづけているうち、今が昼なのか夜なのかさえ、わからなくなりました。うまごやはいつでも、くらかったからです。
 両手をくんでずっといのって、このまま、わたしも死んでしまおうと思っていました。
 するとそのとき、うしろから一すじの光がさしこみました。やがて光は、オーロラのように、ひろがりました。うまごやのとびらが、ひらいたのでした。
 ふりかえってみると、人かげがありました。すがたからして、男の人だとはわかりましたが、くらくてだれだかわかりません。
「どなたですの?」
「お姫さま、あなたは、わたくしめを、もうお忘れでしょうね。おしろのばんぺいをつとめさせていただいていた、ロジェですよ。」
「まあ、あのばん、わたくしを助け出そうとしてくれたロジェなの?」
「そうですよ。ずっと見守っている、ずっと待っていると、もうしたでしょう。」
 ロジェは、近くにやってきました。
「あのとき、そうおちかいもうし上げたでしょう?」
「でも、まさか・・・」
 ベールは、とまどいました。
「でも、わたくし、あのころのかわいい姫ではないのよ。もう年とったおばさんよ。」
「それはこちらも同じことです。」
「かおもシミやシワだらけで、この黒いヴェールをとてもじゃないけど、上げれなくってよ。」
 ロジェはよって来て、そっとベールのもそうの黒いヴェールを上にあげました。
「あのころの、おもかげがありますね、姫。わたしだって、こんなにおじさんになってしまった。あなたのことは、ずっと見守っていましたよ、やくそくどおり、ね。」
 ロジェも、のうかのおじさんのような、少しにくづきのよい、しんしのかおに、なっていました。口のまわりには、ヒゲがありました。
「今でもあなたは、たいへん美しい。こんなんをのりこえた女性だけがもつ、かがやきを、持っています。ぜひ、ほほに、せっぷんさせてください。」
 そう言ったロジェは、にっこりとほほえみ、ベールのほほにキスしました。
「さあ、もう、も服はぬいで、白いウエディングドレスを、きてはもらえませんか? ウエディングドレスにだって、ヴェールはあります。シミもシワも、かくれますよ。」
 ロジェは、にっこりと笑いました。
 ベールは、なみだにくれて、なみだにくれて、たくさん、なみだをながして、かおをシワクチャにして、よろこびました。そして言いました。
「ねえ、ロジェさん、わたくしの、やさしいお父さんになって、もう一ど、わたくしを育てなおしてくれないかしら? 夢だったのよ、それが。いつか、わたくしに、オーロラを見せてよ」、と。

(終)