うまく歌えなくても

 エスプレッソマシーンからドリッピングされる褐色の液体を眺める。こぽこぽと音を立てて、白いデミタスカップがエスプレッソで満たされる。その様子を眺めながら、佐久間さんが来るのを待っている。佐久間さんはたいがい時間に遅れてやってくる。最後の最後かもしれない。いつもそう思う。彼との逢引も今日で最後になるかもしれない。彼がやってくるのを待つ間、いつも必ず思ってしまう。

 一月とは思えない陽射しのうららかな午後。窓から部屋の中に日の光が差し込み、ほかほかしている。陽光の中、ちりがさらさらと舞っている。キッチンから真冬の部屋のやさしい光景が見渡せる。丘の上の、白い鉄骨のマンションに住んでいる。マンションといってもなぜだか一階建て、つまり平屋だ。マンションと呼んでいいのかどうかもわからない。だけれど鉄筋で、キューブのような部屋が六つある棟だから、マンションと呼ぶのが相応しいような気がする。平らな屋根によじ登ると、夜にはよく星が見える。辺りには背の高い建物もないし、このへんは夜になるとずいぶん暗くなるのでよく星が見える。

「昨晩またお月様と交信しましたですよ」

 部屋を眺めていると、縫いぐるみのウサギが言った。ウサギの縫いぐるみと言うのが正しいのかもしれないけれど、なんとなく、縫いぐるみのウサギだ。来たばかりの頃に比べるとずいぶん喋るようになったがまだ日本語がたどたどしい。時々、意図的なつたなさに思えることもある。

「それで、にゃんこさんは元気だった?」…

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