2019年金澤詩人掲載作

A Cricket (コオロギ)  

最初の記憶。それは夜。男は女を殴る。子供が女をかばう。どうかお母さんを殴らないでください、殴るなら僕を殴ってくださいと、生意気な小僧がどこで覚えたのだろう田舎っぺの土人の分際で標準語で懇願する。

部屋には大きな鏡台。

今は築百二十年のこの屋敷の廊下の片隅に、

埃よけの染め風呂敷を掛けられて鎮座している鏡台。

女は男と死に別れてもこの鏡台を持ち帰った。

男は自分の息子かもしれない子供を殴り、踏みつけにする。

女は難を逃れる。夜に。

この屋敷に来てから悪夢を見るようになったんだ。

棺桶の部屋で。

例えばユダヤ人の娘が父親に縛られてクローゼットに閉じ込められて折檻される。

目が覚めたとき、まさか母がそんな目に…..。

この百二十年の間に、そんなことが…..?

次の記憶。また夜。

次ではないかもしれない。夜だった事は確かだ。眼下が真っ暗だったから。

男はベランダから子供を逆さまに吊るす。子供の両足首を夜の黒い手で掴み、落としてやろうかと片方ずつ手を放す。

五十年が経ち、男の子はあの時落とされていたらとてつもない空(ku)の幸福の中にいられたかもしれないと、恍惚と息を潜める。

でも、青い車のあなたと出会ってしまったのだ、今は。

話しを切り上げて医療点数の計算をする精神科医の眼。

こんな話しを聞かされるお前が不憫でならない。

あの時だったのか、男の子が父を怖れ、同時に愛する…….ようになるのか?

時間がないんだ。時間がない。話しているヒマはない。

時間がかかったんだ、あなたと出会うまでに、五十年も待っていた。

これも夜だ。座敷に入り込んだコオロギを、必要以上に大きくなってしまった両手でそっと囲って外の夜へと放とうとしたら、手の隙間から飛び逃げてどこかの陰に隠れてしまった。

男の子は茫然。

A cricketは自滅を選ぶのか?

いやきっと、男の子のあずかり知らぬところで生きながらえるのだろう、死ぬまで。

世界は常に瓦解を抱え、

その破綻はとてつもなく美しい。

ともかくわたしたちは生き延びてきた。

わたしはなりたかった夢に届かなかった。けれどもあなたと出会ってしまった。

すべての夢が終わり果てたあとにまだ、またもうひとつの夢を描ける?

今夜はおやすみ

2018/09/13

ー 『わたしは美しい(The Beauty, that’s me.)』より

投稿者: リュッツォ(Ryuzzo)

1969年生まれの男性。子供の頃から言葉に敏感で小学校低学年で文章能力を自覚しました。高校生の時には作文の懸賞で大画面テレビを(^_^;) 94年に白井俊介という筆名で薔薇族デビュー。4作品掲載。99年タテイシユウスケでBadiデビュー。5作品掲載。タテイシユウスケ名義で第9回バディ小説大賞特別賞受賞。00年代にWebサイト『調香室』に移行。2008年までサイトで執筆活動していました。その後しばらく執筆活動から離れていました。ペンネームを2018年にリュッツォに刷新し、金澤詩人賞に応募したところ、賞の候補として選ばれ詩人デビューしました。現在、様々な創作活動をしているおじさんです。瀬戸内の濃厚な遺伝子と北陸の農民のハイブリッド。 犬と植物が好きなおじさんです。G-MENには投稿したことがないのですが、どちらかというとジーメン系でぼちぼちサムソン系(^_^;) 中のおじさんは温厚な性格の坊主頭のおじさんですが、創作物はなぜか暗めのドリーミングな感じになってしまう💧

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