わたしは美しい

 ー どうにもならない地点まで行ってしまえばいいと言ったのは、誰だったか。空即是色に込められた暗号を祈る。

キゼツ、サクラン、キュウキュウシャ
(Syncope, Derangement, Ambulance)

ミヤザワケンジ
誰かが言う

シーツが犬臭い
Genはいったいどこへ?
Gen! わたしは叫ぶ

母の顔が見える
次にわたしたちが看取ったおばあちゃんの顔が見える

それから祖父、
あの人でなしの父!

そして最後に、すっかり歳を取ってしまって白髪に白ヒゲの、
歳をとりすぎた老人の姿をしたわたし
わたしはそれでも美しいだろうか?

暗転
暗闇の中、なぜだか般若心経が旋回し始める
十数年前に唱えていただけなのに

色即是空、空即是色

ミヤザワケンジ
誰かが言う

森羅万象
誰かが言う

TENGA FLIP 0が手のひらに当たる
目を見開いたわたしは部屋を転げ回る

部屋が、回転する
そして、どこかで見た嫌いな男の顔、二つ

わたしは錯乱して暴れていたそうだ
この全身を支配する不快感をどう表現したらいいのだろう
そればかりが頭にあった

苦しい……
ク・ル・シ・イ……
わたしの人生を一言で表した福音

始まりを作ったのは誰だ?
始まりさえなければ、
こんなことにはならなかったのに

誰かが呼び鈴のベルを押したんだ
わたしはその始まりの始発点へと戻って行こうとしているのか
最初の空(Ku)になろうとしているのか

キュウキュウシャ! 母が言う
救急隊の男が二人
男だ

暗転
未来への舟

暗転
わたしは最終の空へと向かおうとしている

回転が始まる
光の回転
回転が急に速くなる

終われる、やっと終われる
わたしは死ぬ
まだ誰もが達していないあの美の境地に至れる
わたしはウツクシイと信じられるあの場所に

待ち望んでいた終末
やっとくる
さあ、来い!

….いや、だけど、あと一歩
もう少し….

いや、ここで終わらせてはいけない
ここで終わらせてはいけないのだ
次の世につなぎ送らなければ

ココで終わってはいけない
今ココ

次へ送らなければ
暗転…….せず……

視界の回転が緩慢になる
淡い光に包まれる

ぼんやりと視界が戻る
側に誰かがいる
青い服を着た男
男だ!

また別の男
男だ!

わたしの肩を揺さぶって何か言っている
何のことかわかるようでわからない

「リュッツォさん!?」
左目が一重
どうやらわたしの息子ではない
右目が二重
わたしの子孫? 未来人?
次につながった!

エモイワレヌ幸福感
人柄ですよね、わたしは莞爾(ニッコリ)

わたしは祝福と洗礼を受けたんだ
深夜二時の洗礼

よりによって首の伸びた下着に、
カビの生えたバーバリーのトランクス、
二十年着古したボロボロの、
同じくバーバリーの紺色のパジャマ

母に連れられて病院を去る
立ち去るときにふと後ろ髪引かれて振り返る

遠くで、青い服を着た医師がそっと見守っている
お礼を言う間もなく、母に連れられる
受話器をあげるとタクシー会社につながるらしい

深夜二時の港町は伽藍堂
わたしはやはり未来に連れてこられてしまったのか?

Genはどこにおるん?
「家におるよ」

母と犬と一緒に未来へ運ばれたのか?
ナイトガウンで玄関を開け、Genを抱きしめて頬ずりする

その晩はGenのハミガキをするので精一杯で
いつものように一緒にベッドに入るが眠れない

そうだ、睡眠薬を飲み忘れている
晩秋の冷たい水で薬をゴクゴクと飲む

翌朝、目がさめる
いつも通り犬の散歩をする

築百二十年の屋敷を眺め渡し、
それから座敷の古びた物たちを一つづつ眺める

ヤマハのスピーカー、
立てかけたレコード

ああ、宮澤賢治の詩集がコタツの上に置いてある
表紙には万象の文字

トイレにかけてあるスカビオサの押し花絵額
庭の薔薇、
クリスマスローズ、
休眠中の睡蓮、
クレマチス

これらがわたしに与えられたすべてでも、
それはそれで受け入れるしかない

すべては何か、穏やかな幸福感に包まれている
小春日和

あの医師が忘れられない
リュッツォ、初めて恋を知る

先日描いた自画像と無関係とは思えない
あの、死を選んだのに死に切れなかった晩の肖像画
ここから救われたい!

その日から般若心経の読誦を始める

色即是空、

空即是色

なぜ、死に目を見て般若心経が旋回したのか?

少しずつ伸びる散歩の距離
バッハのシャコンヌに運命を見る
この老いさらばえてゆく姿で、

すべての怒りと憎しみを超えたところに在するトーンの中、
いつか、いつの日か、
わたしは美しいと信じられる領域へ、
届くことが出来るだろうか

空即是色の謎解きが始まる
暗号を読み解こうともがく

ニュージーランドの若い女が言ったことがある
「リュッツォ、
あなたはいつまで経っても白馬の王子様を待っているのよ」

青い車のおじさんが、わたしの白馬の王子様だった
リュッツォ、初めて愛を知る

青い車は、またこの港町にやって来る
祈ります

わたしは美しいと思える領域を祈りながら、
青い車はわたしに謎解きをさせる

けれども解は見つからず、
青い車はもう来なくなった

わたしは、いつの日か、
わたしは美しいなどと信じられるだろうか

神の加護も仏の加護も与えられず、
先祖なぞはもはや戦犯

本当に存在するのか
わたしは美しいと信じられる場所は

もう、あの極みしかない
わたしが瑠璃色に戻る
あの無限の場所

願いは祈りになる
あの穏やかな、
濁ったエメラルド色の海に、
恋い焦がれ

わたしは故郷の海を渡り
厳島に浮かぶ丹塗りの柱に寄りかかり
這ってゆく

能舞台の下の引き潮の海に横たわり
ひたすらに祈る
能楽師の足を踏みならす音が、
地球色の海に満ち潮をもたらし
波がわたしの肉を削いでは還っていく

能楽堂の下、一人の男の白骨、
男は思うだろうか、
わたしはウツクシイ、と。

投稿者: リュッツォ(Ryuzzo)

1969年生まれの男性。子供の頃から言葉に敏感で小学校低学年で文章能力を自覚しました。高校生の時には作文の懸賞で大画面テレビを(^_^;) 94年に白井俊介という筆名で薔薇族デビュー。4作品掲載。99年タテイシユウスケでBadiデビュー。5作品掲載。タテイシユウスケ名義で第9回バディ小説大賞特別賞受賞。00年代にWebサイト『調香室』に移行。2008年までサイトで執筆活動していました。その後しばらく執筆活動から離れていました。ペンネームを2018年にリュッツォに刷新し、金澤詩人賞に応募したところ、賞の候補として選ばれ詩人デビューしました。現在、様々な創作活動をしているおじさんです。瀬戸内の濃厚な遺伝子と北陸の農民のハイブリッド。 犬と植物が好きなおじさんです。G-MENには投稿したことがないのですが、どちらかというとジーメン系でぼちぼちサムソン系(^_^;) 中のおじさんは温厚な性格の坊主頭のおじさんですが、創作物はなぜか暗めのドリーミングな感じになってしまう💧

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中