薔薇族95年掲載ゲイ小説「真夜中の雨 – 掠奪」

 男は明るい嬉しそうな表情で言った。大柄でいかつい感じの体、野性的で彫りの深い、知性とはかけ離れた顔は、孝志の友達とは思えない。でもけっして無教養とか無知というのではなく世の中に知識というものが存在する以前に生きていた人間のような、無垢で純粋さを持っているような男だった。孝志の陰にいた僕の存在に気が付くと、表情を変えて僕をじっと凝視した。僕は本能的に、何かコトが起こる前兆を予感した。 
「これは俺のパートナーの智。このまえ電話で話しただろ、三ヶ月くらい付き合ってるって。コイツは俺の昔からの友人の健次」
 孝志が僕のことを紹介している間も、健次は僕のことを露骨に見つめている。べつにいやらしい視線ではなかったが、野獣が獲物を物色するような目付きだった。孝志も、あまりにしつこい健次の視線に疑問を持ったのか、いぶかしげに僕たちを見比べ、
「お前ら、知り合いか?」と尋ねた。
「いや、お前の彼氏があんまり可愛いから、見とれてたんだよ」と冗談っぽく笑い、「それにしても可愛いな」
 それから僕たちは孝志を挟んで座り、孝志と健次が長い間話し込んでしまったので、僕はカウンターの中にいた店の子をつかまえて世間話とか軽い冗談とか当たりさわりのない話をして時間をつぶした。その間、何度も何度も健次は僕のことを見ていた。一時間くらいたって、孝志がトイレに立った。僕はできるだけ健次の方を見ないようにしていたが健次は僕に顔を近づけて、
「君は孝志のことが好きなの?」と耳元で囁いた。
「ええ、もちろん」
「じゃあ、孝志は君のこと好きだって言ったか?」
 僕はその質問には答えなかった。
「アイツは恋愛に醒めてるからな」と言いながら僕の膝の上に手を置き、「俺は好きだぜ、君のこと」と囁きながら、僕の耳たぶを軽く噛んだ。僕は冗談ぽく笑いながら、しかしきっぱりと突き返した。
 それでもしつこく肩に手を回しながら、
「俺は本気だぜ」ともう一度顔を寄せてきた。
 ガシャッという音を立ててトイレの扉が開くと健次はスッと身を退き、何事もなかったかのように話に戻った。
 それから二週間後の金曜日、孝志と僕は、僕の二十四歳の誕生日を祝う約束をしていた。もうバースデーケーキという年でもない。ワインとグラスを二つ用意して僕は孝志を待っていた。五月も下旬になると日がずいぶんと長く、七時になってもあたりは未だ明るかった。藤色に暮れなずむ空を見上げながら僕は唇を歪めた。約束の時間を十分過ぎていた。
 孝志の仕事がいつも忙しいのはわかっている。十分ぐらいいいサ。もう少し、いや一時間でも二時間でも待ってやろうじゃないか。頭ではわかっていてもひとり待つ時間はせつなく、時計の進み方がやけにおそく感じられた。すっかり日は暮れ、窓からはひんやりと湿った空気がしのび込んできた。頬を撫でる風が心地よかった。適当にそのへんに置いてあった読みさしの雑誌を手にとる。ぺらぺらとページをめくってみたがすぐにうっちゃってしまった。時計を見ると八時四十五分。孝志の身に何かあったんだろうか。窓を開けて駅へと続く道に人影を探してみる。電話が鳴った。こういう時にくる電話はまずろくな知らせではない。案の定、孝志からだった。
「ごめん。急な仕事がはいって行けなくなったんだ。こんど絶対に埋め合わせをするから、ほんとうに申し訳ない」
 しかたがないサ、僕たちは「お互いのプライバシーを尊重し合う関係」なのだから。孝志はたとえ僕が泣いて頼んでも仕事をずらしてくれるようなことはしないだろう。僕は孝志のものなのだ。せめて付き合っている間くらいはイイ子でいてやろう。
 でも、どうしても誕生日にひとりでいる気になれなかった。二丁目にでも出てみようか。敏彦を相手にオネエぶっこけば、少しはすっきりするだろう。それくらいは「お互いのプライバシーを尊重し合う関係」の条項に含まれていてもいいはずだ。
 僕は大急ぎで着替えて二丁目に繰り出した。敏彦の店のドアを開けた僕は凍りついてしまった。健次がいたのだった。そのまま踵を返して逃げようかとも思ったが、敏彦が、「いらっしゃい、智、なによあんた、最近全然顔出さなかないでェ」と奇声をあげたのであとに退けなくなった。それにだいたい、なんで僕が逃げることがあるものか。僕は勧められるままにカウンターに座った。健次は立ち上がり、僕のうしろに来て、何のためらいもなく僕の肩を両腕で抱きながら、
「君がこの店によく来るって聞いて週末はずっと待ってたんだぜ。何でも好きなものを頼めよ、今日は俺がおごるぜ」とわるびれるようすもなく言った。
「けっこうです」
「そんな、おこんなよ」
 囁くように言いながら、僕の肩に回した手をますます絡ませて首筋に口を寄せ、体をくねらせる僕を押さえ付けて何度も何度もキスした。なんて常識外れな男だろう。こんな人前で、しかも明らかにいやがっている僕にこんなにしつこくキスするなんて。僕はカウンターを両手で、バンッ!と叩いて立ち上がり、
「やめてください」と鋭く叫び、健次を突き飛ばして店を飛び出した。  






 なりふりかまわず全力で走り、エレベーターのボタンを押した。運よくエレベーターの扉はすぐに開いた。一回のボタンを押し、「閉」のボタンを何度も叩く。扉が閉まる寸前に、健次がものすごい勢いで駆け込んできた。
[しまった‼︎]
健次は僕に抱きつき馬鹿力で締め上げた。
「やめてよ!」
 思い切り叫びながらもがいてみる。身動きがとれない。骨が折れてしまいそうだ。やがてエレベーターの扉は閉まり、ブーンという振動音を発しながら下降した。僕が騒ぎつづけると、健次は右手で僕の頬を握り締めて口をこじ開け、舌をねじ込んだ。歯が折れるかと思ったほど強引で痛かった。舌に噛みついてやろうかとも思ったが、口がどうしても閉じない。足をバタつかせても両手で健次の背中をブン殴ってもまったく効果がない。
 エレベーターは一階に着きドアが開いた。僕は命拾いをした気がした。このビルは二丁目でも人通りの少なくないあたりにあり、しかもエレベーターは大通りから見渡せる位置にある。今日は金曜日、この時間帯なら誰かがいるはずだ。僕は足でエレベーターの壁をドタン、バタンとわざと音を立てて蹴っ飛ばしながら、健次の肩越しに扉の外を見た。期待とは裏腹に、誰もいない。思い切り力を込めて突き飛ばそうとしたがむだだった。健次は後ろ手に屋上のボタンを押し、続いて「閉」のボタンを押す。無情にも扉がゆっくりと閉まった。
 万事休す。僕の脱出作戦は失敗に終わった。それでも途中の階で誰かが止めてくれるかもしれない。僕はささやかな期待に望みをつないだ。しかしエレベーターは一定の速度で上昇し続け、途中どの階にも止まることなく屋上までたどり着いた。
 全身の力が一気に抜け、恐怖で涙が溢れたが、それでも右腕だけは力なく健次の背中を叩き続けていた。エレベーターの扉が開くと、健次はいやがる僕を引きずり出してコンクリートの上に突き倒し、間髪を入れず僕に覆い被さってきた。僕は体の間隔が少し開いたのをいいことに健次の股間を蹴っ飛ばしたが、それほど効を奏せず逆に引っぱたかれてしまった。
「じっとしてろよ!」
 健次は僕の両手首を地面に押さえ付けて首筋を攻めはじめた。健次の髭の剃り跡がチクッとした。もうどうにもならない。力ではとてもかなわない。もがいてもむだだ。健次は僕の服を引き裂くように脱がし、乳首や脇の下を荒々しく吸った。 
 何の感情も起こらなかった。ただ僕は虚空を見つめ、[ああ、自分は犯されているんだ]と思った。涙があふれた。
 健次はふと僕をやさしく抱きしめて、
「お前が好きだ。好きで好きでどうしようもないからこうしたんだ」と僕の耳元で言った。そしてまたすぐに僕の体を攻めにかかった。僕はもう諦めていた。ただ、ただ、早く終わってくれることだけを願った。健次は夢中になって僕の体を貪った。ときどき僕の名前を囁いたり、「好きだ」と言ったりした。そしていよいよ盛り上がってくると、健次は右手の人差し指を自分で舐め、僕のアヌスに突き刺した。


わたしの処女作にして薔薇族デビュー作「真夜中の雨」。掲載された雑誌が届いたときはメインタイトルを「掠奪」にされてしまって軽く泣きそうになったうぶなわたしでしたが、この作品ももう来年で25周年です。キャンペーンなどやろうと思っています。

書いた当時のことはとてもよく覚えていて、カンヌ映画祭でパルムドールを取った「ピアノレッスン」という映画の三角関係と熱情が頭にあって、「あんな作品が書きたい」と思ったのが小説を書くことになった発端です。

当時は本当に情熱と誰かに読んでもらいたいという気持ちだけで書き進めていました。でもあの頃の情熱は今でもわたしの根底にあるものと同じだと思ってます。

場面がコロコロと変わってゆく小説ですが、よかったら電子書籍などどうぞ☺️

http://books.apple.com/us/book/id1466154989

投稿者: リュッツォ(Ryuzzo)

1969年生まれの男性。もう50歳の爺です😭 94年に白井俊介「真夜中の雨」で薔薇族デビュー。薔薇族4作品掲載(一作品は連載)。99年タテイシユウスケ「調香師」でBadiデビュー。Badiは5作品掲載。タテイシユウスケ「みずぎわ」で第9回バディ小説大賞特別賞受賞。00年代にWebサイト『調香室』に移行。2019年リュッツォ、「A Cricket - コオロギ」で金澤詩人賞候補。 犬と植物が好きなおじさんです🙂 創作物はなぜか暗めのドリーミングな感じになってしまう💧 中の人はダメダメで気分のムラがあるやっぱりダメダメなオヤジです😭 時々ご乱心遊ばしますが放置しておくとじきにおさまりますので😓

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