シューベルト弦楽四重奏「死と乙女」

先日公開した「上弦」(じょうげん)という小説は実は昨年末に書いていた比較的新しい小説だったのです。読んでいただいた読者は気がついたかもしれませんが、シューベルトの弦楽四重奏「死と乙女」が登場します。

実はわたしはシューベルト好きを自称しているのに「死と乙女」は聴いたことがなく、呉市の文化ホールにシュトイデ弦楽四重奏団が来た時に初めて聴きました。

初めて聴いたのが生演奏だったんです。

そして、正直な感想は「怖かった!」。いつか公開する小説にも書いたのですが、シューベルトの少なくとも弦楽四重奏は、生演奏で聴くと怖いくらい迫力があります。

で、わたしの勝手な解釈なのですが、シューベルトが存命中に評価されなかったのは、あまりに迫力があり、怖いからなのかな、と勝手に思いました。

モーツアルトなんか、生演奏だと大抵の人は優雅で美しい曲だと感じると思います。シューベルトは悲壮感たっぷりで怖いくらいです。

シュトイデ弦楽四重奏団のCDアルバムをご紹介します。こちらはベートーベンとシューベルトの弦楽四重奏が楽しめるCDですが、シューベルトはCDで聴くとすごく良いです。生演奏ほど怖くないし、音楽として楽しめます。

こちらのページでわざわざ紹介するのは、小説の中には「アマゾンアソシエイトのリンクを貼りたくない」というわたしのこだわりですね(笑)

シュトイデ弦楽四重奏団なんて名前、聞いたことがないとおっしゃるあなた。わたしもそうでした。でもメンバーはウイーンフィルハーモニー楽団から選抜されたユニットなので演奏も最高級です。ユニット組むのは世界的な流れなのかと思いましたけど^^;

よかったら「死と乙女」聴いてみてくださいね(^。^)

The day it happened….

空から「ダフニスとクロエ」の合唱が降り注いで来そうな青空の下、
アンゴラ公国製の青い自転車でヨロヨロと走った
 
とにかくその数日間はしんどく
病気で死ぬのなら許してもらえる、
それほどしんどく
 
病気で死ぬのなら許してもらえる、
そう思った
 
狂って死なれたらたまったもんじゃない、だろうし
病気なら、許してくれるだろうか、と
 
肩で息するほど苦しく、
汗に塗れ
 
上げ扇の空
月もなく
 
夕食の時、
「わしは今日死ぬんじゃろうか?」
と母に尋ねるほど苦しく
 
「バカなこと言いんさんな」
 
二ヶ月風呂に入っていなかったが、
身体は臭くなかった
 
死ぬ前にキレイにしておこう、と
なんとか無理して風呂に入った
 
足の甲が黒ずんでいたので掌で擦ってみたら、
垢がポロポロと落ちた
 
風呂上がり、
体を拭いて、スウェットを着た
 
なぜボロボロのパジャマに着替え直したのか、
記憶がない
 
あとは初恋の人ぞ知る
 
あの、初恋の医師が、
わたしを覗き込む
 
錯乱状態に陥ったわたしの目にライトを当て
「上見て!」
 
わたしは長い夢を見ていたのに
その指示には従った
 
彼の医師が湖の上から覗き込み
わたしは溺れて沈む白鳥
 
わたしは気絶して
錯乱していたらしい
 
あの、たった1秒か2秒の医師の面影
ダフニスとクロエの合唱ほどの闇の、
湖の上の人
 
水底で気泡をぷくぷくと吹いていたわたしを見つけた
あの深夜の、蒼ざめた神性
わたしの瞳の手紙を読んでくれた人

ラヴェル作曲バレエ、ダフニスとクロエ

SACDです。ご注意ください。

シャガールがダフニスとクロエをテーマに絵を描いていると去年シャガールの展示会で知りました。

亡き王女のためのパヴァーヌに捧ぐ

この壊れゆく世界の
この憂いが煌めく世界の
あの音色に捧ぐ

わたしが、ひどかった時
まだ犬も来る前だ

亡き王女のためのパヴァーヌをずっと
柩のような部屋で日がな一日過ごしていた
演奏はフジコ・ヘミングだった

ついに杖は折れてしまい
深刻な器用貧乏

わたしの鍵盤はがらがらと音を立てて
老いに軋む節々は水色の響きで

柩のような部屋でベッドに伏せ
虚ろな目で過ごしていた

夢を見た
部屋のクローゼットの中で
ユダヤ人の父親が髪の黒い娘を縛って、
折檻していた

目が覚めた時
この屋敷でまさか
と、
しばらく怖かった

もう、制御不可能な方位に
物事が転がり転がり
わたしは起きれなくなった

待合室で、
亡き王女のパヴァーヌが流れると
泣くことがあった
もう前のようには戻れないのかと

けれども、戻る必要もない
わたしはわたしの旅を続けるだけだ

お前は軌道を外れてしまった
行き着くところへ、
行き着くしかないのだ

彗星ほど美しくもなく
ただ、燃え尽きるまで

襤褸襤褸になりながら、
あの冷たき星に触れるため

夢の中で
夢に溺れ

いつの日か、
すべての色が透き通る極みへ

わたしが持っている、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」が入っているCDアルバムコレクション。フジコ・ヘミングは叙情的で、東京芸大卒の友人が言うにはエル=バシャは「譜面解釈に力を入れているピアニスト」で、辻井さんも綺麗でいいです。曲そのものが憂いを帯びて綺麗なので、どの奏者のも時々聴きたくなります。

バレエ、ラ・バヤデール

昨日、広島県呉市の呉市文化ホールにバレエの公演を観に行きました。

今回の公演、日本でバレエを習っている方、バレエを仕事にしている方たち含め合計140人という大規模なものでしたが、ラ・バヤデールの公演の前に、習っている方達の発表会+プロがスパイス的に入る「ジョイント・バレエ・コンサート」がありました。

舞台に出るのは子供から大人まで、それはそれは、とても微笑ましく楽しめる部分から、プロの、息を呑むような演技まで、堪能できました。

で、肝心の本体公演「ラ・バヤデール」なのですが(汗)、ジョイント・コンサートが長かったため、ラ・バヤデールの2幕目が終わった時点で催し物開始から4時間が経過してしまい、わたしはもう帰らなければならない時間になってしまったので、最終幕が観れず😭

いつかDVDなんかでも観たいと思います。インドを舞台にした巫女のような、舞い姫のようなバヤデールの物語で、バレエとしては風変わりな設定だそうです。

アマゾンアソシエイトを始めましてので、良かったら下のリンクから購入して観てみてくださいね。

アマゾンアソシエイトを始めたのは、確かに「収益があればな」というのもあるのですが、わたしが観たり聴いたり読んだ、本、音楽、舞台など、現在はあまり紹介されていないものなどを紹介したいな、と思ったからです。

わたしの趣味がマイナーなのか、自分が好みの本や音楽、舞台に出会うのが容易い方ではなかったので、このサイトを気に入ってくれた方には、わたしが良いと思ったものを紹介したいと思っています。

ラ・バヤデールとは関係ないですが、これを機に述べさせてもらいたいと思うのですが、子供の頃親に虐待されて、その虐待が子供時代に明るみになった子はまだ同情されます。

しかし、子供時代に虐待されて生き残ったいわゆる虐待サバイバーは、同情されるどころか、悩みを話しても友達からは疎まれたり、精神科医も理解してくれなかったり、公的な相談機関すらありません。

そんな虐待サバイバーの支えに少しはなりたい、そんな気持ちもあって「書けなかった手紙」の掲示板を作ったのですが、今の所需要がないらしい。(他のことも遠慮なく書き込んでいただいて結構です。)

かつて「調香室」というサイトに同様に「書けなかった手紙」という掲示板を作ったところ、毎夜毎夜、たくさんの書き込みがありました。ほとんどは書けなかったラブレターでしたが(笑)

今は、そういう想いって特定のサイトに頼らなくても、SNSである程度発散できますよね?

だからわたしは、わたしなりに辛い時に慰めてくれた音楽や本、生きる気力となったものを紹介していくのが、一つの活動になるかな、と思っております。(なんか偽善的ですね?(^_^;)

でも、実際、先日行ったフジコ・ヘミングさんの音楽なんかでもそうですが、「死のうとしていたけれど、フジコさんの演奏を聴いて思いとどまりました。」という手紙がたくさん来るそうです。

音楽や詩、文学が慰めになるのは事実なので、わたしにわかる範囲で紹介していきたいと思います。結局、わたしももう退く時期なのかなあ、という感じでしょうか(笑)