「真夜中の雨 – 掠奪」薔薇族デビュー25周年記念前文掲載

B L ♂ U N I O N

 僕が孝志と出逢ったのは新宿二丁目のとあるバーだった。いちばん賑わう土曜日の十時半頃だったはずだ。扉を開けると振り向く男たちの後ろを通り過ごして奥に座ると、それでちょうどカウンターが埋まってしまった。孝志は僕の右隣に座っていた。男たちの物色の視線が、残念ながら僕からそれてしまっても、孝志は僕の横顔を何度も盗み見た。僕は熱い視線を首筋に感じながら、ゆっくりと顔を孝志の方へめぐらして、孝志を真っ直ぐに見つめ返した。孝志は視線をそらす。都会的な知性が感じられる彫りの深い顔立ちで、神経の細やかそうなところが魅力的だった。僕はまた前に向きなおった。カウンターの中で洗い物をしていた敏彦が、ふと顔を上げて僕に気付き声をかけてきた。

「やだ、智、ひさしぶりじゃない。元気だった?」

「先週も来たのにあんたが休みだっただけでしょ」そこまで言って、しまったと思った。僕はすっかりオネエだったのだ。とりあえず気を取り直して少し低めの声で、「ジントニック」と短めに。この場合「ジントニックお願い」でも「ちょうだい」でもまずい気がしたのだ。

 僕と敏彦が二言、三言、言葉を交わしている間も横顔に孝志の視線を感じた。もう一度、孝志の瞳をしばらく見つめ、こんどは僕から視線をはずしてみた。それから敏彦の方を意味ありげに見た。鈍い奴だ。上目遣いに媚びるような視線を送ると、敏彦はしたり顔になって、

「今日はじめてのお客さんなの。えっと、そうそう、孝志さんでしたよね。コイツは智。よくウチのお店にくる子なの。カワイクないでしょ」

「大きなお世話よ」

 あっ、まずい、そう思ったが時すでに遅し。もう開き直って、

「これでもかわいいと思ってくださる方がいますから」

「もし世の中にそんな奇特な人がいたら顔が見てみたいわね」

「ご覧になれば?」と言って僕は思い切りひょうきんな顔を作って孝志の方にふっと視線を投げかけた。孝志は焦ったようすだ。敏彦は呆れ顔で肩をすくめ、向こうの方に行ってしまった。もう一度孝志を振り返ると、目を伏せて視線を逸らしながら、

「ずいぶん大胆なんだね。君って」と、平坦な口調で言った。

 それには答えず、ジントニックに口をつける。しばし沈黙があったが、

「仕事は何?」と淡々とした口調で孝志が尋ねた。

「お気楽なOLです」

「いつもそんな調子なの? しゃべり方」

「二丁目にいるときは。まさか普段からこんなんじゃありません。いやなの?」

「ううん、別に…」

 会話が弾み、酒が進んでも孝志は常にクールな表情を崩さなかった。孝志は二十七歳のコピーライターでスキューバダイビングが趣味。三日間連続で休みが取れると必ず国内の島々や、ときにはプーケットとかタヒチまで潜りにゆくそうだ。また海外に旅行にもよく出掛けるらしく、イタリアで警官の発砲した弾が危うく自分に当たりそうになったことや、ロンドンでたまたまIRAのテロに出くわしたことなどを淡々と語ってくれた。僕が彼に対して持っていたイメージはおおかた当たっていたみたいだ。

 話の途中にも、孝志は僕の唇や首筋、指先などをじっと見つめることがあった。見られていると感じると頭に血がカーッと昇り、だんだんと孝志のペースに巻き込まれていった。会話が途絶えると、孝志は袖をまくりチラリと時計を見た。十二時四十五分。僕の終電はもう終わっている。孝志は意味深に僕の瞳を見つめた。僕たちはどちらから言い出すともなく店を出て歩きはじめた。べつに誘うでもなく誘われるでもなくタクシーを拾う。孝志はときどき僕の目を見つめながらソツなくリードした。

 タクシーに乗り込むと、孝志は僕の手を握ってきた。そしてニヤッと笑ったが、なんのわるびれたところもなかった。動悸が激しくなり、喉が乾いた。僕はいま一番欲している肉体が隣りにあるのに自分のものにはならない焦燥感に、さらに欲情させられた。いくら冷静に取りつくろっていてもやっぱり二十七の男。孝志の鼻息は荒くなり欲情したようすが窺えた。ときどきタクシーの運転手の目を盗んでは僕の股間を握ってきた。僕の表情の変化を確かめる淫靡な視線がさらに僕は熱くした。僕のペニスは素直に反応し、突っ張って少し痛かった。僕は股間をまさぐる孝志の手を上から握り締めた。

 部屋に着くと、孝志は靴を脱ぐ間もなく僕の首筋に吸い付いてきた。さっきまでのクールな表情とは打って変わった狂おしい愛撫。僕は熱いためいきひとつ、孝志に体を預けてしまった。孝志は僕の唇をふさぎながら器用に服を脱がせ、ベッドに行き着く頃には、僕はほとんど裸同然にされていた。孝志は、今まで僕が知る中で一番のテクニシャンだった。長く綺麗な指先は僕の体の上を繊細に動き回り。熱い唇は感じやすく微妙な部分を優しく包み込む。生々しい舌はひとたび標的を定めると激しく、そして容赦なくそこを攻撃した。声を発することもなく植物のように僕に絡みつく孝志。僕は、さざ波のように途絶えることのない快感に酔いしれた。

 孝志はふと腰を引き、彼のペニスの先を僕のアヌスにあてがった。

「ダメ。僕バックはできないの。ごめんね、怒った?」

「いや、べつにかまわないよ」 

 孝志は冷淡に微笑み、また僕に覆いかぶさった。さざ波がやがて大きな波となり、そして僕は波の花のように果ててしまった。孝志は僕の体から離れてゴソゴソと音をたてながら煙草に火をつけた。

髪をかき上げながら煙草をくゆらせる孝志の横顔はあまりにクールすぎた。

 それから僕たちは毎週末会うようになった。「付き合おうか?」と、切り出したのは孝志のほうからだった。

「僕のことが好きなの?」と尋ねると、

「好きとか惚れたとかっていうんじゃなくって、気の合う者同士、人生の一部分を共有出来たらいいじゃないか」と答えた。

 孝志は収入も年齢のわりにはかなりのものらしく、デートの費用はすべて孝志持ちで、僕には払わせなかった。回を重ねるごとに孝志は主導権を握るようになり、いつも冷静で、決して無むり強いはしないものの有無を言わさぬ圧迫感があった。そのくせ僕がわがままを言っても逆らうことなく「お前がそう言うんなら」といいながらも、あくまでクールな態度は崩さなかった。

 それでも彼から学ぶことは多く、僕を弟のように可愛がってくれるので僕は孝志との関係に満足していた。孝志は何にでも造詣が深く、どこへ行ってもスマートでよくマナーを心得ていた。おまけにセックスはゴージャスそのものだった。ただし、孝志はオネエ言葉が嫌いらしく、それだけは僕は注意しなければならなかった。

 孝志は「お互いのプライバシーを尊重しあう関係」をいつも強調し、僕もそれが都会的な大人のゲイライフのお手本だと思っていたので、しばしば孝志が僕よりも仕事を優先させても不満を漏らすことはなかった。孝志は僕の未来の目標のような存在だった。彼は何でもけじめを付けたがり、僕のことも、ただ”なあなあな肉体関係”の継続ではなく、「付き合っっている」ということを彼の友達や店の人たちに吹聴した。僕に対する所有欲はたいへんなものだったようだ。

 僕たちが付き合い始めてから三ヶ月たったころ、ひさしぶりに会う友達がいるから一緒に来ないかと僕を誘った。僕たちは八時に伊勢丹の前で待ち合わせして食事を済ませ、九時に孝志がよく行く二丁目の店に着いた。孝志はコーナーの見えにくい位置にいる男を確認し、軽く右手を上げて、

「やあ、ひさしぶりだな」と、いつもの口調で言った。

「おう、元気にしてたか」

 男は明るい嬉しそうな表情で言った。大柄でいかつい感じの体、野性的で彫りの深い、知性とはかけ離れた顔は、孝志の友達とは思えない。でもけっして無教養とか無知というのではなく世の中に知識というものが存在する以前に生きていた人間のような、無垢で純粋さを持っているような男だった。孝志の陰にいた僕の存在に気が付くと、表情を変えて僕をじっと凝視した。僕は本能的に、何かコトが起こる前兆を予感した。 

「これは俺のパートナーの智。このまえ電話で話しただろ、三ヶ月くらい付き合ってるって。コイツは俺の昔からの友人の健次」

 孝志が僕のことを紹介している間も、健次は僕のことを露骨に見つめている。べつにいやらしい視線ではなかったが、野獣が獲物を物色するような目付きだった。孝志も、あまりにしつこい健次の視線に疑問を持ったのか、いぶかしげに僕たちを見比べ、

「お前ら、知り合いか?」と尋ねた。

「いや、お前の彼氏があんまり可愛いから、見とれてたんだよ」と冗談っぽく笑い、「それにしても可愛いな」

 それから僕たちは孝志を挟んで座り、孝志と健次が長い間話し込んでしまったので、僕はカウンターの中にいた店の子をつかまえて世間話とか軽い冗談とか当たりさわりのない話をして時間をつぶした。その間、何度も何度も健次は僕のことを見ていた。一時間くらいたって、孝志がトイレに立った。僕はできるだけ健次の方を見ないようにしていたが健次は僕に顔を近づけて、

「君は孝志のことが好きなの?」と耳元で囁いた。

「ええ、もちろん」

「じゃあ、孝志は君のこと好きだって言ったか?」

 僕はその質問には答えなかった。

「アイツは恋愛に醒めてるからな」と言いながら僕の膝の上に手を置き、「俺は好きだぜ、君のこと」と囁きながら、僕の耳たぶを軽く噛んだ。僕は冗談ぽく笑いながら、しかしきっぱりと突き返した。

 それでもしつこく肩に手を回しながら、

「俺は本気だぜ」ともう一度顔を寄せてきた。

 ガシャッという音を立ててトイレの扉が開くと健次はスッと身を退き、何事もなかったかのように話に戻った。

 それから二週間後の金曜日、孝志と僕は、僕の二十四歳の誕生日を祝う約束をしていた。もうバースデーケーキという年でもない。ワインとグラスを二つ用意して僕は孝志を待っていた。五月も下旬になると日がずいぶんと長く、七時になってもあたりは未だ明るかった。藤色に暮れなずむ空を見上げながら僕は唇を歪めた。約束の時間を十分過ぎていた。

 孝志の仕事がいつも忙しいのはわかっている。十分ぐらいいいサ。もう少し、いや一時間でも二時間でも待ってやろうじゃないか。頭ではわかっていてもひとり待つ時間はせつなく、時計の進み方がやけにおそく感じられた。すっかり日は暮れ、窓からはひんやりと湿った空気がしのび込んできた。頬を撫でる風が心地よかった。適当にそのへんに置いてあった読みさしの雑誌を手にとる。ぺらぺらとページをめくってみたがすぐにうっちゃってしまった。時計を見ると八時四十五分。孝志の身に何かあったんだろうか。窓を開けて駅へと続く道に人影を探してみる。電話が鳴った。こういう時にくる電話はまずろくな知らせではない。案の定、孝志からだった。

「ごめん。急な仕事がはいって行けなくなったんだ。こんど絶対に埋め合わせをするから、ほんとうに申し訳ない」

 しかたがないサ、僕たちは「お互いのプライバシーを尊重し合う関係」なのだから。孝志はたとえ僕が泣いて頼んでも仕事をずらしてくれるようなことはしないだろう。僕は孝志のものなのだ。せめて付き合っている間くらいはイイ子でいてやろう。

 でも、どうしても誕生日にひとりでいる気になれなかった。二丁目にでも出てみようか。敏彦を相手にオネエぶっこけば、少しはすっきりするだろう。それくらいは「お互いのプライバシーを尊重し合う関係」の条項に含まれていてもいいはずだ。

 僕は大急ぎで着替えて二丁目に繰り出した。敏彦の店のドアを開けた僕は凍りついてしまった。健次がいたのだった。そのまま踵を返して逃げようかとも思ったが、敏彦が、「いらっしゃい、智、なによあんた、最近全然顔出さなかないでェ」と奇声をあげたのであとに退けなくなった。それにだいたい、なんで僕が逃げることがあるものか。僕は勧められるままにカウンターに座った。健次は立ち上がり、僕のうしろに来て、何のためらいもなく僕の肩を両腕で抱きながら、

「君がこの店によく来るって聞いて週末はずっと待ってたんだぜ。何でも好きなものを頼めよ、今日は俺がおごるぜ」とわるびれるようすもなく言った。

「けっこうです」

「そんな、おこんなよ」

 囁くように言いながら、僕の肩に回した手をますます絡ませて首筋に口を寄せ、体をくねらせる僕を押さえ付けて何度も何度もキスした。なんて常識外れな男だろう。こんな人前で、しかも明らかにいやがっている僕にこんなにしつこくキスするなんて。僕はカウンターを両手で、バンッ!と叩いて立ち上がり、

「やめてください」と鋭く叫び、健次を突き飛ばして店を飛び出した。  

 なりふりかまわず全力で走り、エレベーターのボタンを押した。運よくエレベーターの扉はすぐに開いた。一回のボタンを押し、「閉」のボタンを何度も叩く。扉が閉まる寸前に、健次がものすごい勢いで駆け込んできた。

[しまった‼︎]

健次は僕に抱きつき馬鹿力で締め上げた。

「やめてよ!」

 思い切り叫びながらもがいてみる。身動きがとれない。骨が折れてしまいそうだ。やがてエレベーターの扉は閉まり、ブーンという振動音を発しながら下降した。僕が騒ぎつづけると、健次は右手で僕の頬を握り締めて口をこじ開け、舌をねじ込んだ。歯が折れるかと思ったほど強引で痛かった。舌に噛みついてやろうかとも思ったが、口がどうしても閉じない。足をバタつかせても両手で健次の背中をブン殴ってもまったく効果がない。

 エレベーターは一階に着きドアが開いた。僕は命拾いをした気がした。このビルは二丁目でも人通りの少なくないあたりにあり、しかもエレベーターは大通りから見渡せる位置にある。今日は金曜日、この時間帯なら誰かがいるはずだ。僕は足でエレベーターの壁をドタン、バタンとわざと音を立てて蹴っ飛ばしながら、健次の肩越しに扉の外を見た。期待とは裏腹に、誰もいない。思い切り力を込めて突き飛ばそうとしたがむだだった。健次は後ろ手に屋上のボタンを押し、続いて「閉」のボタンを押す。無情にも扉がゆっくりと閉まった。

 万事休す。僕の脱出作戦は失敗に終わった。それでも途中の階で誰かが止めてくれるかもしれない。僕はささやかな期待に望みをつないだ。しかしエレベーターは一定の速度で上昇し続け、途中どの階にも止まることなく屋上までたどり着いた。

 全身の力が一気に抜け、恐怖で涙が溢れたが、それでも右腕だけは力なく健次の背中を叩き続けていた。エレベーターの扉が開くと、健次はいやがる僕を引きずり出してコンクリートの上に突き倒し、間髪を入れず僕に覆い被さってきた。僕は体の間隔が少し開いたのをいいことに健次の股間を蹴っ飛ばしたが、それほど効を奏せず逆に引っぱたかれてしまった。

「じっとしてろよ!」

 健次は僕の両手首を地面に押さえ付けて首筋を攻めはじめた。健次の髭の剃り跡がチクッとした。もうどうにもならない。力ではとてもかなわない。もがいてもむだだ。健次は僕の服を引き裂くように脱がし、乳首や脇の下を荒々しく吸った。 

 何の感情も起こらなかった。ただ僕は虚空を見つめ、[ああ、自分は犯されているんだ]と思った。涙があふれた。

 健次はふと僕をやさしく抱きしめて、

「お前が好きだ。好きで好きでどうしようもないからこうしたんだ」と僕の耳元で言った。そしてまたすぐに僕の体を攻めにかかった。僕はもう諦めていた。ただ、ただ、早く終わってくれることだけを願った。健次は夢中になって僕の体を貪った。ときどき僕の名前を囁いたり、「好きだ」と言ったりした。そしていよいよ盛り上がってくると、健次は右手の人差し指を自分で舐め、僕のアヌスに突き刺した。

「いやっ!やめてよ!」

 僕は体をよじらせ、頭の方へ逃げた。健次は左手で僕の右頬を殴ると、

「じっとしてろ!」と凄んだ。

 僕は恐怖に凍てついた。

 健次は僕のアヌスを唾液で充分に湿らせると、おもむろに自分のジーンズとパンツをいっしょにずり下ろした。よほど興奮しているのか顔が高潮し、鼻息は闘牛のように荒かった。下着から飛び出した健次のモノはピンピンに勃起して巨大にそそり立っていた。亀頭は赤黒くその先からは先走りが糸を引いて溢れ出していた。健次はその先を僕のアヌスに突きたて腰をガクガクと震わせながら僕の中に押し込んだ。激痛と共に健次の太いモノが侵入してくるのを感じた。入れられてみると健次のがどれだけデカイかイヤと言うほどわかった。 

 健次は息を切らせながら腰を振った。おおざっぱで荒々しく、ぎこちない動きだった。アヌスの中を大きくえぐられていると、健次のカリの部分の張りがよくわかって自分でも驚いた。腰を振り、アヌスがグチョグチョと音を立てるたび、僕はアヌスが切れてやしないか心配になった。痛みもひどかったが、体のこと、病気のことが心配だった。

 健次はしだいにさらに激しく動きはじめた。そして胸の奥から切なそうな声をあげ、「はあっ、はあっ、さとし…好きだ、さとし…」

最後のほうはほとんど絶叫に近いくらいで僕の名前を叫びながら、さらに腰の動きを強く激しく速くし、ついに、

「ううっ、さとしいいッ! 好きだ!」と叫び声を上げ、顔を快感に歪ませながら僕の中に果ててしまった。終わったあとも健次はなかなか僕から離れようとはせず、僕を抱きしめて首筋にキスしたり、僕の髪を撫でながら「好きだ」と言っていた。

 やがて僕から離れると自分の身づくろいをし、それから僕を抱き起こした。激痛。血は出てはいやしまいか。僕は脱がされて汚れてしまったものを、健次から顔を背けて黙々と着た。僕のシャツが破れているのを見つけると、健次は自分が着ていたスウェットのパーカーを脱いで、「これを着ろ」と差し出した。

 僕が反抗的に俯いていると、頭の上から強引にパーカーを被せて着せた。そして僕の肩に腕を回して、「送っていくよ」と言った。なんという無神経な男だろう。自分が犯した相手の肩を抱いて「送っていく」だなんて冗談にもほどがある。なんでこの男が孝志の友達なのだろうか。だいたいこんな目に遭ったのは孝志が約束を守らなかったからだ。そう思うとだんだんと腹が立ってきた。

「冗談じゃない!!」

 僕はキッとにらんで健次の腕を払いのけた。僕は振り返って駆け出し、こんどはエレベーターを使わず階段を走って降りた。階段の上のほうで健次の足音が響いている。ビルを出たところで追いつかれたが、僕は取り合わなかった。それからあとも健次はしつこく付きまとってきたが、僕は無視しつづけ、駅の人ごみにはいってまいてしまった。

 帰ってから孝志に電話したが、「今、何時だと思ってるんだよ」と寝ぼけた声で相手にしてくれなかった。僕は健次にむりやりに着せられたパーカーを乱暴に脱ぎ捨て、鋏で切り裂いて捨ててしまった。涙があとからあとから頬をつたった。

 次の日、つまり土曜日も孝志は仕事があるといって会ってくれなかった。その日、僕は朝から晩まで部屋から一歩も出なかった。出る気にはなれなかった。日曜日は夕方から孝志と会った。映画の最終回を見て、それから僕の部屋に行くことにした。孝志は金曜日、僕の誕生日に来られなかったことについて何も触れなかった。

[ゴメンの一言くらいは欲しかったのに]

 部屋に帰ったらきっと孝志はいつもどおり僕を抱いてくれるだろう。そうすればしばしの間、孝志の温もりに触れられる。おとといのあの恐ろしい事件を忘れさせ、懐かしいあたたかみで包んでくれる。

 部屋にはいると彼はやはり素晴らしいテクニックで僕を愛撫してくれた。孝志はひととおりの愛撫を終えると僕のモノを口に含んだ。僕は歓喜の溜息をつく。そう、彼は僕の胸を撫でながら彼のモノを僕の目の前にもってくるのだ。そして僕は彼のモノをくわえる。彼は口では僕のモノを締め付けながら右手では乳首を攻め、左手でアヌスを刺激する。そして僕の口の中に入れた彼のモノをゆっくりとグラインドさせ腰を上下させる。そして僕らは同時に果てる。何もかもいつもと同じだ。たしかに孝志はうまい。一流のテクニシャンだろう。しかし終わったあとに待っていたのは、熱いまなざしでも愛の言葉でもなく、クールすぎる横顔だった。

「あした早いから」と言って孝志は十時過ぎごろ、後ろ手にドアを閉めて僕の部屋を去っていった。一つの疑問だけが残った。僕は今までこの人といて安らぎを感じたことがあるだろうか? 

 次の週も孝志は忙しくて会ってくれなかった。先週のあのイヤな記憶がまだ生々しかったので、僕は今週もひとりで外出する気になれなかった。しかし土曜日の夕方になると、僕のひとり暮らし用の小型冷蔵庫は空になってしまい、雨が降りしきる中、近くのスーパーまで買い出しにゆかなければならなくなった。雨は激しいがスーパーまではそう遠くない、少しおっくうだけど煙草も買って、それから帰りにビデオでも借りて帰ろう。僕は二丁目で誰かにまちがえられた傘をさし、濡れてもいい安物のスニーカーを履いて買い物に出かけた。

 ひととおり晩ご飯の材料を買い込んで、隣の煙草屋で煙草も買い、それからレンタルビデオ屋で『クライング・ゲーム』を借りて僕は小走りにアパートへ向った。スニーカーの爪先がぐちょぐちょに濡れて気持ち悪かった。信号を無視して、雨が音を立ててはね返っている道を斜めに渡ってアパートにたどり着くと、アパートの階段の下に黒い傘をさして誰かが立っている。 

 黒い傘から顔を出したのは健次だった。

 僕は一瞬心臓が止まるかと思った。少なくとも異常な心拍をしたにちがいない。健次は傘を持っていない方の手を胸のところまで上げて「やあ」と小さく言ったみたいだったが、雨の音に消されて僕の耳までは届かなかった。たとえ届いたとしても、僕はそれを知覚するほど冷静ではなかった。凍りついた足が動かなかったが、震える小心に鞭打って最初の一歩を踏み出した。部屋まで入ってしまえばこっちのものだ。それに大声を出せば誰かが聞きつけてくれるにちがいない。とにかく無視しよう。俯いて目を合わせないように健次の前を通り過ごした。

「おい、智、なんだよ、おい、無視するなよ」

 健次は僕が無視したのが心外であるかのような、納得いかないような口調で、僕の後ろから声をかけた。この男には自分が強姦罪を犯したという罪の意識はないのだろうか。もしくは良心の呵責は? 僕はあきれると共に空恐ろしくなってきた。

「智、なんだ? お前、この前のこと、怒ってるのか」

 それにしてもどうしてこの男が僕の住所を知っているのだろう。さてはこの前尾行されたか。僕はまったく無視し続けて階段を駆け上がった。健次も僕の後を追い、階段の踊り場で僕に追いついて僕の肩に手を掛けた。

「やめてよ!」

 僕は肩にかかった手を払いのけてさらに階段を駆け上がる。健次は力づくではないが僕に絡みついてきた。

「待てよ」

「帰ってください!」 

 僕は突き飛ばして部屋のドアまで走った。素早く鍵を開ける。手が震えてるわりには上出来だ。ノブを回してドアを開け、中へ入る。ドアを閉める瞬間、ドアの隙間に健次が足を差し込んだ。

[またか!]

 一瞬絶望したが、健次の脛を蹴っ飛ばしてドアを思い切り閉めた。内側から鍵を回し、チェーンも掛けた。健次がドアを叩く。

「開けろよ! おい! 智!」

僕は胸を撫で下ろした。こんどは救われたのだ。神様は僕を見捨てなかった。それでも健次はドアを叩き続けた。

「いいかげんにしてください。警察を呼びますよ」

 できるだけ冷たく言い放った。

「呼びたきゃ呼べよ。開けてくれ、開けてくれなきゃ、孝志に俺たちのことを全部言っちまうぞ」

「冗談言うなよ! バラされて困るのはあんたじゃないか。あんたがしたことは犯罪なんだぞ。それを自分からバラすなんて、なに考えてるんだよ!」

 この男は気が狂っているだろうか。そんなことをしたら自分で自分の首を締めるだけじゃないか。

「俺はどうなったってかまわないんだ。でもな、いくらむりやり犯されたっていっても、孝志はお前を許さないぜ。あいつはそういう男さ。どんな理由であれ一度他人が汚したものはいやなんだ。とくに友人にやられたなんて、そんなヤツを二度と抱きゃしないぜ」

 背筋に冷たいものが走った。なんて卑劣な男なのだろう。まさかそんなことがあるはずがないじゃないか。理由をちゃんと話せば孝志だってきっとわかってくれるはずだ。僕をかわいそうに思って抱き締めてくれるにちがいない。

 しかしほんとうにそうだろうか。孝志はそれほど了見の広い男だろうか?

「べつにお前を孝志から奪ってしまおうなんて思ってもないさ。俺を中に入れさえしてくれれば、それでどこも波風が立たずにすむじゃないか」 

 僕は目をつむって鍵を開けた。健次は中へはいると、「好きだ」と言って僕を思い切り抱き締めた。それから僕の唇を長く吸った。どれくらい口付けられていたのだろうか、熱くて脇の下や額から汗が噴き出した。それにしても、なんと体温の高い男だろう。

「ずっと会いたかったぜ」

 唇を離して言うとまた口を付けて、そのまま僕を奥の部屋まで押し込んで床に押し倒した。荒っぽいけれども前のように乱暴ではなかった。僕ももう抵抗はしなかった。この男と争ってもかないっこない。ただ嫌悪感との闘いだった。

 健次は僕を裸にすると上から下までじっくりと見回した。背中の床が冷んやりとしている。この前の乱闘でつけられた右肩の小さな痣を見付けると、健次は人差し指でそうっといとおしそうに撫でながら、

「ごめんな。孝志には見付からなかったか?」と低く尋ねた。

 僕はただ小さくうなずいた。この男の、僕を見る切なそうな目。この男は僕に恋をしているんだ。それはわかるが、だからといってこんなひどいことをしてもいいものだろうか。どうしてこういう手段に出なければ想いを告げられないのだろうか。 

 健次は自分もあわただしく裸になって僕を投げ付けるようにしてベッドに運んだ。そういえば健次はこの前服も脱がなかったっけ。健次の体は大きく、手足は毛深いのに胸毛はなく、思ったよりもきめの細かい肌だった。

 こんどは前みたいに性急ではなくて、ゆっくりと僕のペニスをしゃぶったり、アヌスに舌をを入れたり、僕に感じさせるよう気を使っているみたいだった。それでも、僕がどんなにいやがってもアナルセックスを強要した。健次のセックスは、技巧とか律動というものからかけ離れていて、激しく野性的で原始的なリズムを持っていた。時間的にも長いほうではなく、どちらかというと早漏ぎみで、アヌスに挿入してからは例のごとく僕の名前を何度も叫びながらイッてしまった。しかしこの男のセックスには、時間とかテクニックを超越した何かがあった。何だろうか? 強いて言えば「熱」か? 

 健次はその晩、僕の部屋に泊まった。健次は僕を一晩じゅう抱き締めて眠った。僕は健次の大きな体の中に、まるで胎児のように包み込まれてしまった。ときどき寝ぼけては僕の頬に髭のチクチクする頬を擦り付けてきたり、髪に指を通して撫でたりした。もしかするとそれほど悪い男ではないのかもしれない。僕の中で凝り固まっていたこの男に対する、乱暴で野蛮なイメージは少しではあるが薄れつつあった。健次の熱い胸に耳を当ててみた。心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。僕は、幼い頃、両親の間に挟まれて川の字になって寝ていたことを思い出した。甘酸っぱい記憶だ。その記憶に優しくあやされながら、いつしか僕は眠りについていた。  

 翌朝僕は、正確に言うと僕と健次のふたりは、孝志からの電話で目を覚ました。孝志の仕事が片付いたから今日は一日じゅう付き合ってくれるとのことだった。僕は「支度があるから」と言って健次を追い立てた。健次は最初残念そうにもじもじとしながら、「また来ていいか」と僕に尋ねた。

 僕はそれには答えずに、健次に背中を向けたままで支度を始めた。なかなか帰ろうとしない健次に振り向きもしないで、

「シャワーを浴びるからもう帰って」と冷たく言った。健次は諦めたらしく服を着ると、「また来るよ」とぼそっと言って部屋を出て行った。僕は振り向きもしなかったが、健次の背中が淋しそうに丸くなっているのがわかった。 

 孝志は昼過ぎに僕を迎えに来て、横浜にドライブにいった。日曜日で道が混んでいて、孝志は何度も舌打ちをしていた。僕はあまり喋らなかった。僕は健次とのことを考えると後ろめたい気がした。もし何かの拍子でバレてしまったらどうしようかと不安だったが、孝志は僕が昨日何をしていたとか、そんなことにはさほど興味がないらしかった。いっそのこと自分から打ち明けてしまおうかとも思ったが、どうしてもそれは出来なかった。いっしょに港を見ても、中華街で食事をしても夢中にはなれなかった。なんだかひとりぼっちのような気がした。

 十時ごろ僕の部屋の前に到着した。

「今日はもう遅いし、あした仕事があるから」と言って孝志は僕の部屋には上がらなかった。僕が、来てくれとせがんでも孝志は曖昧に、

「もうこれからは仕事の方が落ち着くから、来週はきっと」とかなんとか言って部屋にははいろうとしなかった。僕は孝志の首に腕を回して唇を貪った。そして思いっきり媚びた視線で、もう一度来てくれとせがんだ。孝志は何も言わず車を発進させ、やがて人通りのない小道に車を止めると僕に覆い被さってきた。

 僕にとって初めてのカーセックスだった。孝志は僕のシートを倒して巧みに体を動かした。僕は体を入れ替えると、孝志のパンツのジッパーを下ろし、孝志のペニスを引きずり出しておもむろに口に含んだ。口の中で孝志のモノが大きくなってゆくのを感じた。孝志のペニスを唾液でグチョグチョに湿らせ、僕は孝志の腰の上に馬乗りになった。そして自分の腰を上げて孝志のペニスを自分のアヌスにあてがい、

「ねえ、してみない?」と孝志に聞いてみた。 

 孝志は返事をせずに目を逸らした。僕はかまわずそのまま腰を深くい沈めていった。孝志との初めてのアナルセックスだった。孝志のモノは健次ほどではないが、それでもまだ慣れない僕にとってはかなりの苦痛だった。

 僕が苦痛に顔を歪めて呻き声を漏らすと、孝志は器用に体を入れ替えて僕の上になった。そしてゆっくりと掻き回すようにして少しずつ慣らし、徐々にピストン運動を強くしていった。その間も乳首や首筋、脇の下など、僕のあらゆる性感帯を攻めつづけた。激しいピストン運動に耐えかねた僕が、

「痛い!」と声をあげると、孝志は少しずつスピードを緩め、やがてゆっくりとペニスを抜いた。

「ムリすんなよ」と言ってティッシュをとり、ペニスをきれいに拭った。僕がせめて手でイかせてあげようと思ってペニスを手に取ろうとすると、

「俺はいいよ」とさっさとパンツの中にしまってジッパーを上げてしまった。

 なんだかシラけてしまった。僕がもじもじとパンツを上げている間、孝志は煙草に火をつけた。やり場のない視線を窓の外に投げると、曲がり角の塀の陰に誰か人がいるのが見えた。目の悪い僕は誰かに一部始終を覗かれたかと思って目を凝らした。 

 健次だった。僕はとっさに孝志の方を振り返った。孝志は何も気付かずに煙草をくゆらしている。もう一度ゆっくりと健次のいたあたりを見てみる。健次は僕が健次に気付いたこと確認すると角に隠れた。健次は僕たちの行為をずっと覗き見していたのだろうか。背筋に言いようもない冷たいものが走った。僕はできるだけ冷静さを装って、

「じゃあ、帰る」と助手席のドアを開けた。

 孝志は後ろから、

「来週会えるから。電話する」と言葉を投げ掛けた。

 僕はドアを閉めるとき「うん」とだけ言って孝志の車を見送った。

 孝志の車が見えなくなると、僕は健次が隠れた曲がり角に向って走った。健次も僕の足音を聞きつけてか、のっそりと陰から出てきた。

「なにやってんだよ! なんであんたがここにいるんだよ!」

 僕は責めるように叫んだ。万一、孝志に見付かったときのことを考えて健次を元の曲がり角に押し込んだ。健次は押されながらも両腕で僕の肩をひっしとつかんで放さなかった。健次の、僕を見る真剣な視線に圧倒された。目を合わせていると吸い込まれてゆきそうで顔を背けた。

「じっとしてられなかったんだよ。お前の部屋を出てから、ひとりで駅まで歩いて、ひとりで電車に乗って、俺のマンションのドアに手を掛けたけど、どうしても誰もいない部屋にはいることが出来なかった。もう一度急いでお前の部屋まで引き返したら、ちょうどお前と孝志が車で出かけるところで…、おれ、気が付いたらタクシーを拾ってあとをつけていたんだ」

「じゃあ、ずっと後をつけてたの?」

「いや、中華街で見失った。だから一足早く帰ってお前のアパートの向いのビルの陰で何時間も待ってた。やっと帰ってきたと思ったらあんなことに…」

「どうしてそんなこと…馬鹿げてるよ」

 僕は健次の厚い胸に飛び込んだ。健次は僕を強く抱き締めて、優しい、そして少しだけおどけた口調で、

「でも、とても興奮したゼ」と囁いた。 

 それからというもの、健次は、毎日毎日欠かさずに僕の部屋に泊まりにきた。彼は商社に勤めているらしく、基本的には忙しいのだが、夜になると仕事を放り投げて帰っているらしかった。一度彼のマンションに帰ってから必要な物を取ったり留守電を聞いたりしてから僕の部屋に来て、翌朝は直接会社に通っていた。僕も最近は会社に遅刻しがちになって上司に小言を言われたりした。

 健次は真夜中の雨のように、いつの間にか僕の素肌に浸透し、ふと気が付くと、僕の中に染み込んでいた。僕のクローゼットに健次のスーツが少しずつ増え、いつしか健次は自分のマンションには帰らなくなった。僕たちは部屋にいる間じゅう愛し合っていた。終始指を絡ませて決して離れなかった。まだ孝志と別れたわけではなく、週末には必ず会っていた。僕は酷く罪悪感を感じた。それでも健次に抱かれるときに僕の耳元で流れる原始的なリズム、純粋で無垢な心臓の鼓動は、この闖入者を追い返すことを僕に躊躇させるだけの力強さがあった。そして僕の心もいつしか、情熱的で激しく、そして純粋なメロディーを、健次のために奏でるようになっていた。こうして僕は、ほとんどの日々を健次と暮らし、週末には孝志と会う生活をしばらくの間続けていた。ただ僕はもう孝志を僕の部屋にあげなくなった。

 健次は僕と孝志がデートしている間、いつもこっそりと後をつけてきた。そして僕が帰ってくるとものすごく嫉妬して僕を抱いた。わざとキスマークをつけたりして、孝志にわかるようにしようとした。しかし僕は孝志と別れるつもりはなかった。いまさら気が付いたのだが、やはり僕は孝志が好きだった。健次とは正反対のクールさは僕にとって魅力的だった。

 健次はますます嫉妬して熱くなり、ある日、馬鹿げた提案をした。 

「おい、今度の週末、孝志をここに連れてこいよ」

 僕は一瞬耳を疑って返事に窮した。なんだかとてもイヤな予感がした。

「俺はクローゼットの中に隠れてのぞくだけだよ。絶対音を立てたりはしないって。だからサ、いいだろ?」

「ちょっと、冗談よしてよ。そんなことしてバレたらどうするんだよ」

「絶対バレないって。だって、俺、お前らが二人でどんなことをしてるか見てみたいんだよ。なあ、いいだろう?」 

 僕は次の日曜日、孝志を僕の部屋に誘い込んだ。孝志は仕事の前日はけっして泊まらない。もし泊まられたりしたら健次がクローゼットの中から出られなくなるので日曜日をわざと選んだのだ。映画を見たあと、僕の方から部屋に来るように誘った。案の定、「明日仕事があるから」と孝志は断ったが、僕はだだをこねて譲らなかった。

 僕は孝志の手を引いて部屋に連れ込むと、自分からリードしてベッドにはいった。孝志の上にのって唇を貪った。最初圧倒されていた孝志も、いつしか興奮して僕の顔の上にまたがり、僕の口にペニスを突っ込んでピストン運動をした。健次が僕らの痴態を見て興奮しているかと想像してさらに興奮した。いまにもクローゼットの隙間から生臭い吐息が吐き出されそうだ。僕は今までになく淫乱になり、自分からフェラチオを求め、アナルセックスを求めた。孝志も興奮しているらしく、ものすごいテンションで僕たちは頂点に達した。

 コトが終わったあとも僕はしばらくの間、放心状態で、孝志が何か僕に話し掛けているのも上の空で聞いていた。孝志は情事の名残りを整えると、時間を気にしながら部屋を出て行った。 

 孝志が部屋を出たのを確認すると、健次は鼻息を荒くしながらクローゼットから踊り出し、無言で僕に飛びついた。僕は孝志とのコトが終わったばかりにもかかわらず、さらに欲情して健次と激しくもつれた。僕はわれながらあきれるくらい貪欲に求めた。健次もこれまで以上に興奮して僕の体を貪った。情事が終わると、健次は魂が抜けてしまった僕に向って、

「なあ、智、俺だけのものにならないか。俺、もうがまんできねえよ、お前が孝志と会ってるのが。俺、お前がやっているのを見てスゲエ嫉妬したよ」

 僕はそれには答えないで寝返りを打った。また、答えるつもりもなかった。 

 しかし、僕が健次の問いに答えるまでもなく、結末はやってきた。次の日の朝、健次が会社に出かけ、僕も支度を終えて出かけようとしてドアを開けると孝志がそこに立っていたのだった。愕然として目を見開く僕をそのまま部屋の中に押し戻して孝志も乗り込んできた。

「どういうことだよ!」

 僕は孝志に突き飛ばされて床に突っ伏した。孝志は僕につかみかかってくる。僕は恐怖し、逃げようとして床を這いまわった。数分の間つかみ合いを繰り返したが、孝志は僕を立ち上がらせて思いっ切り引っぱたいた。

「俺は俺なりにお前のことが好きだったんだ!」

 時間が停止した。口の中に生温かいものがあふれた。口を切ったらしい。

「俺は俺のやり方でお前のことを大切にしたつもりだ!」

 孝志は肩で息をして僕を睨み付けた。

「とにかく、二度と俺の目の前に現れないでくれ」

 孝志は踵を返して部屋を出た。僕には返す言葉がなかった。孝志は玄関のところで立ち止まり、僕に背を向けたまま言った。

「健次にもそう伝えておけ」

 一見クールに見えた孝志。こんなに激しい感情を持っているとは思わなかった。僕はいったい今まで彼の何を見ていたのだろう。

 健次は生活が乱れ、仕事をおろそかにしたことが問題になって自主退職を迫られていた。僕も今の会社にいいかげんうんざりしていた。僕は健次と話し合って、ちょうどいい機会だからと、ふたりとも仕事を辞めてしまった。それからそれぞれの部屋を引き払って荷物を処分した。何もかも捨ててしまうと気分が軽くなった。

 そして僕らはあてのない旅に出た。

(終)

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